壁の向こうへ
身を隠すには丁度よい。独りならば尚更だ。ここで郊外や港に向かう荷車を捉まえるのが、クランの算段だった。危うく王女誘拐の咎で牢の中だったことを思えば、いっそリースタンを出てもよい。
考えを巡らせながら歩くも、最初に行き先を決めたのは腹の虫だった。気づけば飯場の前にいる。開け放しの戸口から、喧騒と肉を炙る匂いがした。肩ひじの張らない店構えが気に入った。
人夫が多いせいか、客はみな体格がよい。店に入って長机の空きに潜り込むと、クランは近くの皿を覗き見た。旨そうだ。店員を呼び留めようと視線を巡らせ、ふと違和感に気づいた。
まだ煌々と陽は照ってはいるが、誰の手元にも酒がない。
席を立とうとした瞬間、肩を掴まれ引き戻された。どこかで見た顔だ。相手は顰め面で肩を示して、クランに染みの跡を見せた。思い出すのに少し掛かった。たぶん、あれは涎の跡だ。
ご丁寧に、襟から宮廷衛士の徽章は外してあった。
「その節は、どうも」
げんなりして言うと、店内の客という客が一斉に立ち上がった。クランを取り巻き、詰め寄って来る。どうやら恐らく、みな衛士だ。道理で酒がないはずだ。生真面目にもほどがある。
衛士の人垣に隙間が開いた。先導するのは確か、クランが議事堂を出る際に声を掛けた青年だ。まあ、なんとなく予想はついた。青年が悄気た様子で導いたのは、案の定、ラエルだ。
「食事は少しお預けだ、クラン、壁の向こうに河岸を変えよう」
ラエルはそう言って肩を竦めて見せた。
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