大洞窟
壁だと思っていたところに、道がいきなり現れた。どういう根拠か仕組みか、全くわからない。これを見て、怪しまない人はいないだろう。しかし、《星曇りの石》の効果に当てられて、八方塞がりだった私達の前に突然現れた道は、希望へつながる道のように見えたのだ。私達は現状打破を狙って、歩を進めた。
道をすすむにつれ、コツンコツンと地面に杖をつく音が、大きく響くようになる。大きな空間を予期して、私は私はランタンを高く掲げた。
「……大洞穴だ……!!」
「うわあああ……」
体育館がまるごと入ってしまうのではないかと思えるほど、高い天井に広い空間だ。こんなに広い空間なのに、端々まで見通せるのは明らかにおかしい。不審に思って視線を上げれば、広い天井や壁は一面、モコモコでふさふさとしたヒカリゴケの絨毯に覆われているのが分かった。それが、淡く緑色の光を放っているのだ。
「すごい……、きれい、すごい……」
ふーこはうっとりとした声を挙げて、私のTシャツをぎゅうと掴んだ。
「プラネタリウム感あるよね……」
「全然違うけど、なんか分かるかも〜」
ぽっかり空いた巨大な空間に、ちっぽけな自分、包み込むひんやりとした空気……天井では苔の濃淡が光の強弱となって現れて、まるで銀河や天の川が広がっているようだった。不思議なことに、苔の光に浮かび上がる壁は等間隔の幅で、おそらく上から見れば正八角形になると思われた。そういえば、狂った《砂地図》が、八角形の部屋を示したことがあったっけ……。
「人の手で作られた部屋……なのかな」
「こんな山の中心に?」
「でも、明らかに不自然じゃない、こんなカクカクの部屋」
ふいに、ザザザと水が流れ落ちる音がして、ランタンを振り回す。大洞穴の中央で、地下水が集まって出来た細い川が流れている。
「すごい、川底まで、苔で光ってる……」
川底の苔は水の流れを受けてひらひらとその身を泳がし、幻想的な光をたたえていた。川の水面はランタンの強い光を受けて反射して、内から外からキラキラとしている。
「! メイジちゃん、見て!」
ふーこにTシャツを引っ張られて見上げる。天井にはヒカリゴケが生えていない部分がいくつもあるように見えた。岩肌が露出している部分を繋げて見ると、まるで大きな竜の瞳が、こちら睨んでいるように見えた。
「……壁画だ」
「うそぉ……」
「いや、これ、どっからどう見ても、竜でしょ!」
「う、うん、竜みたいに見える〜……」
「多分、特殊な画材で描かれてるんだ。塗料に苔の発育を阻害するような成分があって、苔が生え揃って初めて絵に見えるように設計してある……。マスキングテープで覆った所が浮かび上がるみたいに。ひょっとしたら《魔法の道具》かもしれない」
「ふぇええ〜…」
天井に泳ぐ竜は勇壮な武者絵のような画風で描かれており、やたらとギラつく眼が印象的だ。荒々しい筆使いで、巨大な蛇のような姿で描かれている。竜は体をくねらせ、威嚇するように鋭い鉤爪を見せつけている。
「これは……水竜の絵?」
「……かな〜」
水を表現しているであろう流線が、竜の周りに幾つも描かれている。天井の竜から流れ出ている水流線は、中央から八面の壁に注ぎ落ちている。
「メイジちゃん、こっちも、見て」
促され向かった壁面には、雨や自然の恵みに感謝する人たち、水害に家も流される人たち、山に逃げる人たち、水竜にひれ伏す人たち、何かに祈りを捧げる人たち、それぞれ八面の壁に八種類の絵が描かれている。どれも浮世絵や巻物でしか見たことがないタッチだ。
(……室町時代? 戦国時代……? なんとなく、明治ではなさそう……)
歴史なんて、と教科書をパラ読みしていた過去の自分を呪う。とにかく古い年代に描かれたものだとしか分からない。専門家が見たら、なんと言うだろうか。分かっていることは一点のみだ。似たようなタッチの年代物は大抵の場合、美術館や博物館に収められ、チケットを買って鑑賞するということ。私は自分の目の前にある光景が信じられなくて、乾いた笑いを浮かべた。
「こういうのゲームとか映画のOPに流れがちだよね」
「もう! メイジちゃんてば」
そう、こういうのはOPに流れがちだ。作品に横たわる壮大な伏線を、なんとなく視聴者に匂わせる演出だ。「大昔、こういうことがありましたよ」という説明であり、「この災害を忘れてはなりませんよ」という警告や祈りでもある。私は、心臓がドキンと跳ねるのを感じた。
「ってことはさ、この《八面山》付近で昔、水害が起きて、しかも水竜がいるってことじゃんね……」
「……」
ふーこはじっと押し黙った。多分、眼の前の情報と頭の中の知識と照らし合わせているのだ。
「ふーこ。魔法史とかで、《八面山》の水竜のこと、やった?」
「やってたら、こんなに驚かないよ〜…! 私、春休みの間に教科書は 一通り全部、目を通したの……。魔法史もだけど、資料集みたいな副読本とかにも、こんなの載ってなかったよ」
「そっか……」
私はふーこが言った言葉をひとつひとつ飲み下す。つまり、高校の教育ではこの水竜画の存在を知り得ないということだ。すると、一つの可能性が浮かび上がってきた。
「ね、もしかして、……だけど。もしかして、万が一なんだけど、これって、私達が一番初めに見つけたってことに、なったりしない?」
「なる…のかも、しれないね〜…」
じわじわ立ち昇る興奮で、箒を持つ手が震えていることに気がついた。裏山と気安く呼んでいて《八面山》に、こんな壁画があることを知らなかった。
なんだか自分はもしかして、世紀の大発見をしたのではないか、という確信めいた気持ちがした。知らない歴史、隠された真実。巨大な魔法生物が過去にいた証拠。私はドキドキとゆれる心臓に合わせて、震えしまう手で、スマホを掲げ、一枚ずつ写真を撮った。一枚は資料用で、二枚目は自分たちも一緒に、だ。歴史が、真実が、私達を囲んでいる。なんだか、いままでの不運や、ジメジメした気持ちや、体にまとまり着く湿気すら、すべて吹っ飛んだ気がした。
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