迷子

 私は箒とランタンをふーこに預け、ペンとノートを両手に持って、マッピングを初めた。目に入る情報を、全て簡略した絵図にして記した。これで同じ道をぐるぐるさまよう……なんてことにならないはずだ。

 勿論、通常なら、の話だが。

(石が、強すぎる……)


 依頼の品である《星曇ほしぐもりの石》の効力は絶大で、幻視、幻覚、幻聴、お手の物だ。今は見えている来た道も、次に見た時にちゃんと見えるかどうかは分からない。しかし、何もしない訳にはいかない。私達の迷子の元凶の石を、依頼人は待っているのだ。手を尽くして、抜け出さなくてはいけない。

 見覚えのある道を求めて、歩いて歩いて、どれくらい歩いただろうか。こころなしか洞窟は坂道になっているようだった。

「メイジちゃん。これ、微妙に、登ってないかな〜?」

「うん……登ってるね……」

「入り口から採掘場までの道に、下り坂、あったっけ〜?」

「無かったよ……」

「……」


 言葉にあえてしないけれど、私達は分かっている。

(これは、ハズレルートだ)

 そうは分かっていても、坂道であると感じている自分のこの感覚が正しいとも限らない。《星曇りの石》のいたずらな幻覚で、私達を無駄に迷子にさせているようにも思えた。

「三半規管にも影響が出るのかな……」

 ふーこがハアハアと息をきらせながら言う。私も、ハアハア言いながら答えた。仮に幻覚だろうが、坂道を登る感覚というのは、しんどいものだ。

「どうなんだろう。でも、これ、間違いなく、登ってるわ」

「だよね〜……」


 理性では、登るのは悪手だと分かっている。引き返す方が得策なのかもしれない。しかし、元の道が有るかどうか確証がない。また、《石》に道を隠されたら? 前提条件が狂っているから、正常な判断が出来ない。戻るくらいなら、今の道を進んだ方が、何か進展がある気がする。だから登る……。ひょっとしたら思考回路まで狂わされているのだろうか? 《石》に、なぜだか上に向かう判断を強要されるような感じがする。


(完全に石に操られている……)

「あ……」


 ノートの地図に目を落とせば、異様な地図が出来ていた。かたつむりの渦のように、黄金比を示す曲線のように、道が右に右に曲がり、渦を描いているのだ。厳重に、厳密に、正確に、気を配ってマッピングしていたつもりなのに……。


 ふーこが、「きゅうけ〜い!」と大きな声を響かせた。私も足が限界だったので、助かった。その場で座り、水筒の水を飲む。そうだ、このまま迷子が長期戦になれば、水の残量も気にしなければならない。キャンプ道具は最低限持ってきたけれど、肝心の水は持ってきていなかった。下を向いてへたりこむふーこにも、水筒の蓋コップを差し出すと、へろへろの笑顔で受け取った。


「ごめんね、メイジちゃん」

「ん?」

「わたしが、いたから、ややこしくなっちゃった……」

「……どゆこと?」


 ふーこは水筒のコップを指で弄びながら、言った。

「わたしが『一緒に行く』なんて言わなければ、メイジちゃんきっとフギンちゃんと一緒に行って……最初から、ペンと手帳でマップを描きながら進んだよね……」

「〜〜〜いやあ、どうだろう」

 仮にフギンと一緒なら、きっと私は便利な使い魔に100%甘えてあれこれ聞いて、地図を作ろうだなんて、微塵も思わなかっただろう。

「……わたし、メイジちゃんに、わたしだって役に立つんだって……、学校で成長したところを見てほしくて、《砂地図》なんて強引に披露して、本音を言うと、これでメイジちゃんが、学校に興味をもって、戻ってきてくれないかなっていう、下心もあって……。でも、……結果的に、すごい邪魔しちゃった……。まさかこんな事になるなんて」

「あ〜……そゆこと……」

 なるほど、ふーこはふーこで、色々思う所があるんだな……。私はふうとため息をついた。


(そんな事を言ったら……)


 そんな事を言ったら私こそ、出来ることが増えたふーこに、しっかり焦りを覚えていた。学校に通っていないことを正当化しなくてはいけない気になって、必死に『私だって実学でいろんな事を覚えたのだ』と見せようとしていたような気がする。


(ふーこがトラブルの元凶、なんて冗談で言うけどさ……)


 つまるところ、トラブルの元凶は、自分の不勉強と準備不足が原因なことぐらい、痛いくらい分かっている。《星曇りの石》をもっと事前に調べておけば、性質がわかっていれば。本で調べたり、フギンに相談して、対策ができただろう。長期戦になるとわかれば、道具だって飲み物だってもっと準備していた。

 私が、すこし仕事に慣れてきた自分の力を過信して、行って帰ってこれるだけと思い込みすぎたのが敗因なのだ。なにも、《砂地図》のせいじゃない。


「……考えすぎだよ。私は、ふーこの魔法、すごい便利だと思ったもん」

「……ほんとに?」

「ほんとに、ほんと。……私も、正直に言うと、自分は学校をバカにしすぎてたなって思ったよ。《砂地図》なんて、《星曇りの石》と相性がたまたま悪かっただけで、他の石の採掘なら、無双じゃん。あれは便利だよ。私も出来るようになりたい」


 素直に吐露してしまえば、胸がすっと軽くなるのを感じた。そうだ、認めたくないだけで、胸の奥底ではそう思っていた。私はふーこに良いところを見せようと背伸びしていたし、休校で学びのチャンスを逃していたことを悔しくも思ったのだ。そして、手伝ってくれたふーこの魔法に邪魔されたなどと感じたことはない。


「め、め……」

 ふーこが空色の瞳を涙で一杯にした。多弁になりすぎたのだと悟ったときには遅かった。「メイジちゃ〜〜ん!」の大声と共に、わたしはまた愛玩動物のように乱暴に抱きしめられた。純日本人なのに、感情表現が欧米なのはやめて欲しい。



「それより、どう。この地図」

 私は話を変えるために、タコのように絡みつくふーこの腕の隙間からノートを広げてみせた。地図は廃坑全体のごくごく一部分であることは十分承知している、が。

「すっごく、ぐる〜〜って、右曲がりに曲がってるよね〜」

「そうなんだよ」

地図はグルリとノート中央の空欄を囲むように、埋められていっている。ふーこは、うーんと唸った。

「なんて言うんだろう……、《石》の作為を感じる〜」

「だよね」

 自然と、気まぐれに選んだ道が、うずまき状になる。そんな事があるわけがない。

「《石》に操られっぱなしは嫌だな。何処かで抜け出したい。強い意思をもって逆らいたいというか……」

「そうしないと、きっと突破できないよね」

 ふーこは、ポケットからスマホを取り出した。キラリとストラップにつけた《星晴れの石》が揺れた。……よっぽど気に入っているのか、すこし目を離したすきに、ちゃっかりと付けたらしい。

「もう四時だよ〜。そろそろ何か打開策が欲しいよね〜」

「まじか」

 この時期の日没は夕方五時半くらいだ。もう日没までそれほど時間が無い。

「じゃあさ、このノートの中心、何があると思う?」

「中央って……このぐるぐるうずまきの先?」

「なにがあるのかな」

「う〜ん、……ラスボス?」

「そんなもんが地元にいてたまるか」

 ノートはわざとらしいくらい中央がぽっかりと空いている。


(その先に、何かあるとすれば……)


 もし、何かあると仮定して、それが私達を引っ張って操っているならば。それを解決すれば、《石》の引力のようなものは止められるのではないか。

「うーん。方向的には、この壁の向こうなんだよね」

 私は背中の岩壁をペンペンと叩いた。叩いたと思った。しかし、不思議な事が起きた。叩いたと思ったのに、スカスカと、手のひらが空を掻いたのだ。

「え?」

「え? ……んん〜?」

 岩壁があったと思ったそこには、人が立ったまま歩けるような、大きな穴が空いていたのだ。私はひやりと冷たい汗をかいた。

「いま、ここ、……壁、だったよね」

 ふーこは丸い目をますます丸くし、声を殺してウンウンと高速で首を振る。何が起きているのかが分からない。そっと中を覗き込んでみると、道の先に広い溶岩洞が広がっているようだった。


「なんか……道が拓けた」

「……嘘みたい……」

「……ど、どうする? 行ってみる?」

「そ、そうだね……でも、これ……とっても……怖くない?」

「怖い。めっちゃ怪しい。罠っぽい」


 私はごくりと生唾を飲み下す。確かに怪しい。日常では、普通、壁が出たり消えたりしないものだ。ましてや、何かあるのではと疑っていた場所だ。

(でも……) 

 もはや切るべきカードがない。打開策が欲しくて、行こうと今さっき話していた場所への道が開いたのだ。これは、行くべきなのではないか。

 私は、現状の打破を祈って、歩を進めた。ふーこは、「まってよ〜」と私の後に続いた。


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