そして明日に続いていく
メイジは震えた。怒りに震えた。
ーー
先日、《
ただ、今回の瓶はちょっと思っていたものと違いました。小瓶とは伺っておりましたが、こんなに小さいとは思わず……。これでは飾っておいても、目立ちません。また、《水トカゲの涎》の方も、想像していたよりかは強い香りが立ってきませんでした。これは品質が悪いせいではないでしょうか? 量も少なく、香りも少ないので、申し訳ありませんが、店の評価の☆を-3させて頂きます。
「メルオク」の方もそのようにレビューさせて頂きますので、あしからず。これで3万円は、高価だと思います。
ーー
「なんだってんだ、もーーーーー!!」
「まあ、メイジ、落ち着け」
「こちとら苦労して《涎》を採取したんだぞーー! 貴重な貴重な《涎》だぞーーー! それなのに、それなのに!」
そう、涎の採取は困難を極めた。じーちゃんの書庫に涎のしぼり方の記述はないかった。困った私と一匹は、万策尽きて、山頂で話した笑い話の方法を、実際に実行するまで追い詰められた。《水トカゲ》を縄でくくって吊し、下には漏斗と瓶を用意した。フギンに採ってきてもらったコオロギなどの虫を、《水トカゲ》の顔の前にちらつかせたが、口を開けず……パンやご飯や野菜や、いろんな食材を見せつけたが、何を見せても開けず……。煮詰まって、一旦休憩しようと桑の実ジャムの入ったジップロックコンテナの蓋を開いた瞬間に、口はカパリと開き、涎は滝のように流れ落ちたのだ。(あの後、トカゲの事をググってみたら、トカゲという生き物は桑の実が好物らしい)
そうして苦労して採取した希少価値のある小瓶は、すべて客側の勝手な思い込みで低評価が下された。私は不条理を飲み込めず、暑さにエアコンが完敗している自室のベッドで、ドタバタと足をバタつかせた。
「納得いかなーーーーーい!!!」
「落ち着け、落ち着け。素人相手に商売すれば、いずれこうなる。分かっていたことだろう」
私はバタ足を止め、涙目でフギンを睨む。別にフギンの発言が気に入らなかったわけじゃない。睨まないと、弱った心を見抜かれそうだからだ。
「お店の評価、さげられた……」
「ウム」
「事情を知らない人が見たら、信じるかもしれない」
「ウム」
「もうお仕事、来ないかも知れない……」
「ウム」
自分なりの精一杯の頑張りは認められず、悔しさがいつまでも飲み込めず、喉にささった魚の小骨のように、柔らかい内側でシクシクと痛み続けた。そして、自分ではどうする事の出来ない不名誉だけが残って、今後の生活を脅かそうとしている。消化できないキャパオーバーの感情が出口を見失い、目から溢れてしまいそうになってきた。フギンにそんな姿を見せたくなくて、強く目を瞑り、ぼふんと枕に顔を沈めた。
その後頭部に、やんわりと優しい羽の感触が下りてきた。
「まあ、そう落ち込みなさんな。お前さんの頑張りは、儂が隣で見ておった」
「……うん」
「飛空も滑降も上手くなっとった。桑の実ジャムも、パンも、ベーコンにチーズも美味かった」
「……うん」
「それに」
カッカッカとフギンは笑った。
「三万円、手に入ったんだろ?」
「……そう!! 手に入った!!」
私は握りこぶしでガバリと起き上がる。
「生きたままの《水トカゲ》も手に入った」
「そうそれ〜〜〜!!!」
《水トカゲ》は、家の裏の井戸が気に入ったらしい。なかなか井戸の傍を離れないので、今は仮にそこに繋いでいる。近くに飼育小屋を建てるのもいいだろう。あれからすっかり愛着が湧いてしまって、《水トカゲ》は『トカゲリーナ』という緩ダサ安直な愛称で呼ばれている。
「トカゲリーナがいれば、次から、《涎》の安静生産が出来る!」
「おお、いいぞいいぞ」
「そしたら、三万円の定期収入にありつける!!」
「良かったじゃないか」
「やったー!! ワッハッハー! 三万円バンザイだー!! 何買おう〜〜!」
「ウム。ウム。若者は元気に限る」
フギンは、尾羽根を揺らして頷いた。
世の全ての事象は、表裏一体。辛い時は良い事の方だけ見て、笑っておけ。
フギンはそう小さく独り言を言って、いつものように私の左肩に止った。
後日、私達はトカゲリーナから《涎》を採取をするたびに、あの山の桑の実が一定量必要だということを知り、定期的に登山を強いられることになるのだが、それはまた別のお話。
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