シーズン1「春はあけぼの。やうやうゲームにそまりゆく」-2

 翌日。牧田。学校に、来た。今日は来るのかよ。声かけなきゃじゃん。話したことないし、どんなやつか分からない。体は小さめ。身長は160ぐらいかな。見た目はおとなしそうで文化系って感じ。ゲーム好きかも。案外喜ぶかもな。さくっと話しして、中くらいに紹介すっか。

「あのぉ、牧田くーん。はじめましてぇ。オレ、飛鳥と申しますぅ」

はじめてだし、丁寧を心がけたら気持ち悪くなってしまった。恥ずっ。

「何?」

冷たくいい放ちこちらを一瞥すると目線を手元のスマホに向けた。

「……」

無視ってやつですな。スマホにゲームっぽい画面が映っている。やっぱりゲーム好きなんだな。

「ゲーム……好きなの……?」

「……」

無視ですか。この空気。つらっ。

「ゲーム部って興味ない?」

「ゲーム部?」

スマホから顔を上げてくれた。チャンスだ!今こそ釣り上げろ!

「そう。ゲーム部。なんと!PS4とかニンテンドースイッチで遊べるのだ」

さぁ。食らいつけ。

「eスポーツ部ってこと?」

eスポーツ……。聞いたことあるな。確かゲームでスポーツ競技のように対戦するんだよね。

「そう!eスポーツもやってるんだ」

やってるか知らんけど、釣れればこっちのもんだ。と、ちょうどそこに中くらいがやってきた。

「昨日のあなた。来たわよ。あっ!その人が紹介してくれるって子ね。よかったぁ。じゃあ、さっそく行こうか」

状況が飲み込めない牧田がオレの顔を見て助けを求めている。オレは声を発さず、満面の笑顔で返してやった。釣り成功。


 中くらいは、二人の制服の袖をつかみ、早歩きで連行していく。強い意志を感じる。もう逃がさないと。

「ここが活動しているコンピューター室」

コンピュータ室なんてあるんだ。はじめてきた。扉を開けると、全部の机の上にパソコンが設置してある文字通りコンピューター室だった。教室の一番後ろに明らかに授業用ではない横一列に並んだモニターが六台あり、ゲーム画面が映っていた。ゲーム画面の前には多くの人が群がっている。「おー」という大小の歓声が波のようにうねり、合間にかろうじてゲームの音楽が途切れ途切れ聞こえてくる。数えてみたら十二人いるね。あれ?部員足りなくて廃部危機だったんじゃないの?

「部員は私合わせて全部で五人。もうすぐ三年生が二人引退しちゃうから残り三人。五人以下になったら廃部になっちゃうの。二人見つかってよかった」

二人!?オレも入ってやがる。中くらいは、満面の笑み。さっきオレが牧田に使ったのと同じ手だ。あぶない。あぶない。釣られるもんか。

オレの決意とは裏腹に、牧田はさっさと教室に入り、歓声が沸く塊の中に入っていった。手持ち無沙汰になったオレは、中くらいとの駆け引きに入る。

「たくさん人いますよね。あの中から部員探せばいいんじゃないですか?」

「あれはみんな二年生と三年生。全員部活入ってるし、三年生はどっちにしろもうすぐ部活引退する時期だし」

「部活入ってても、転籍というか、やめて入ってもらうってこともできるんじゃないんですか?」

中くらいは悲しみをにじませたドヤ顔で言う。

「あれはサッカー部のキャプテン。あっちは柔道部のキャプテン。あれはボクシング部で東京都三位。あそこにいる二人組はボート部のエース。あっちは、陸上部の期待の星。全員言えるけど聞く?」

「いえ……もう大丈夫です。理解しました。というかなんでそんな人たちがゲームなんかしてるんですか?」

「ゲームが好きだからに決まってるでしょ。それから……」

いままで笑顔だった中くらいの顔が急に険しくなった。

「ゲーム『なんか』って、今度から絶対に言わないで。それは偏見。『なんか』じゃない人たちがたくさんいるの」

「えっ。は、はい……」

真剣な中くらいの言葉に圧倒された。別にゲームを悪く言ってるつもりはなかったけど、そう聞こえてしまったみたいだ。罪悪感が胸に張り付いた。

「今日はあの二人が来てるから、格ゲーが盛り上がってるの。柔道部のキャプテンとボクシング東京都三位。あの二人、ストファイで学校で一、二を争うほど強いのよ。誰も勝てないんだから」

中くらいはさっきのことを引きずってないように笑顔で説明してくれた。中くらい、いい人なんだろうな。

「あっ。格ゲーは格闘ゲームのことね。殴り合ったりするゲーム。ストファイっていうのは『ストリートファイター5』のこと」

あんまりゲームしないオレでもそれぐらいのことは知っている。ストファイはやったことないけど、「ストリートファイター2なんとか」って言うのはやったことある。「スト2」って色んなバージョンが出てたんだよな。ずっと2を引っ張るのかと思ってたけど、ちゃんと「5」まで進んだんだな。時間の流れを感じる。

その時、より一層大きな歓声が上がった。

「マジかよ……。つ、強え……」

「つ、次は俺がやる!」

ボクシング東京都三位が負け、柔道部キャプテンが交代するようだ。相手は、牧田だ!学校で一、二の実力者に勝ったってこと!?確かめるために画面の前へ急いだ。アーケードコントローラーを膝の上に乗せてコントローラーの感触を確かめるように指を動かしている。その滑らかなでリズミカルな指さばきは見惚れるほどだった。

1P側に座った柔道部キャプテンは、鎖をつけたデッカイキャラクター「バーディー」を選択した。2Pの牧田は「ガイル」だ。ガイルはスト2からいるからよく知っている。

「FIGHT!」

はじまった。柔道部キャプテンは、力強くコントローラーを叩く。バーディーは、大きな体を活かしたリーチの長いパンチを繰り出す。ガイルはガードしている。バーディーが少し間合いを詰め再度パンチを繰り出す。ガイルがガードすると同時に踏みつけるような蹴りを繰り出してきた。ガイルがダメージを受ける。さらに間合いを詰める。その瞬間、ガイルが中段蹴りを繰り出し、近距離でソニックブームを放ち、下段、上段の蹴りを連続で浴びせ、また近距離でソニックブームを放つ。あっという間にバーディーの体力ゲージがなくなった。牧田の勝利だ。一瞬静寂に包まれた後「すげ」という誰かの言葉をきっかけに歓声が沸き上がった。二本目もあっという間だった。牧田の圧勝。

「強え。ほ、本物だ。さっきのもマグレじゃない。相当練習しているな」

柔道部のキャプテンは牧田に手を差し出し、力強い握手を交わした。教室は興奮と熱狂に包まれた。体の小さなが牧田が体が大きい柔道部のキャプテンに勝利した。嬉しくなって、オレが連れてきたんだぞと誇らしい気持ちになった。

 その後も次々と牧田に挑んだが誰も勝つことはできなかった。いつの間にか日が暮れ、少しづつ人も減り、牧田もコントローラーを置いた。中くらいは終始笑顔だった。いや、みんな笑顔だった。オレも。

「お疲れ様。牧田くんすごいんだね」

中くらいがうっとりした表情で牧田に語り掛ける。

「楽しかったです。もうこんな時間だ。帰ります」

牧田は軽く頭を下げて帰っていった。顔は紅潮し、やりきった表情をしていた。声をかけた時と別人かと思うぐらい輝いてみえた。

「牧田くんを連れてきてくれてありがとう。えっとぉ……名前聞いてなかったね……」

「飛鳥です」

「飛鳥くん。ありがとう。明日も牧田くんと一緒に来てくれる?」

「オレ、あんまりゲームやらないんで」

「今日楽しくなかった?」

楽しかった。見てるだけで胸が躍り、興奮して、そして、感動した。小さい頃からゲームは娯楽の一つとして身近にあった。オレもみんなと遊んだり、サッカーゲームをやっていたりした。それでもこんなに感動したことはなかった。理由は分からない。

「わたしもあんまりゲームやらないんだ。だけど、ゲーム部を残したい。先輩が残してくれたゲーム部を。ゲームに救われる人もいるから」

救われる人もいる……か。なんとなく分かるような気がする。まだ友達がいないオレも、今日、少し救われた。みんなと一緒に応援していると、ここにいていいんだって心地よかったんだ。

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