04 贖罪
「今日も来たんですか?飽きないですね」
「自殺を考え直すまでは何度でも来るよ!」
「はぁ……せいぜい頑張ってください」
「それじゃあ、お邪魔しまーす!」
先輩は、桃子ちゃんと話してから来るって言っていたし、しっかりむろっちを救い出さないとね!先輩もようやくやる気になってくれているみたいだし、私も頑張らないと。
「それで、今日のご用件は……と聞くのは愚問でしょうか?」
「勿論♪」
「それで?これ以上何を聞き出そうというんですか?」
「私考えてみたんだけど、いつもむろっちを引き留めようとわちゃわちゃ話すだけで、何の中身もない話ばかりだったなぁ~ってちょっと反省したんだ。だから、今日は中身のある話をしたいと思う!」
「中身のある話、ですか……」
「もしかしたら、話の中でむろっちを救う手掛かりがあるかもしれないじゃん」
「無駄だと思うんですけどね」
いつも通り冷静沈着。表情はいまだに死んでいるし、先輩が突っかかった時のように、動揺の色は全く見えない。正直、私は先輩のように口が達者という訳ではないし、疑問を見つけることも一苦労だ。でも、少しでもいいから先輩の手掛かりになるようなことを聞き出したい。
「あのね?むろっちに聞いてほしい話があるんだ」
「何でしょうか?」
「実は私、この仕事をやり始めてまだ2年ちょっとくらいなんだ。日々分からないことだらけだし、先輩にはいつも注意されるし、一時期ストレスとか凄くて辛い時期もあったんだよね」
「そうだったんですか……」
「でもね?なんだかんだ言いながら、先輩はいつも私のことを考えてくれたし、いつもだらしない先輩だけど、本当はすごく優しい先輩なんだ」
「いい先輩を持ててよかったじゃないですか」
「うん……きっと違う人が先輩だったら、この仕事を続けられてないかもしれない。むろっちにはそういう先輩はいないの?」
「残念ながら、そんな素敵な先輩はいませんでしたよ。自分が勤めている会社は、社内でほとんど会話はなくて、偶に話したとしても、手伝いを要求する一言だけです」
「そっ、そっか……あのね?私率直に思ったんだ。私とむろっちは似た者同士で、正反対だなぁーって」
「似た者同士で、正反対?」
「だってさ?私はむろっちみたいに立派な大学に進学したわけでもないし、学生時代に一生懸命勉強したわけでもない。頭もよくない。でも、私は今生きることが楽しくて仕方がない。一方、むろっちは人生をリタイアしようとしている。どうしてこんなにも違うんだろう?」
「さぁ?何ででしょうね?」
「あの……怒らせたらごめんね?それはきっと、環境の違いなんだと思う。例えばいい人に出会うことが出来る出来ないの差。支えてくれる人がいるかいないかの差。つまり運だと思う。あはは、人生って不公平だよね」
「不公平?」
「だって、人と人の出会いなんて選べないじゃない?仕事を一緒にしたい人を自分で選べるわけじゃないし、どこの誰かも分からない年上の人と仕事するんだよ?先輩が言ってた。上司も部下も十人十色。皆が皆楽しく仕事をできるわけじゃないって」
「あはは、確かにその通りですね」
「でしょ?だから、『むろっちと私の違いその1』はそれ!良い出会いが出来たかどうかだと思う」
「なるほど。当たり前のことかもしれませんけど、あまり考えることのない話ですね」
「そして2つ目。これが一番大きい要因だと思う」
「何ですか?」
「支えてくれる人がいるかどうか……単刀直入に言っちゃえば、家族がいるかどうかかな」
「……」
「ごめんなさい。私、すごく酷いこと言ってるよね?本当にごめん……」
「いいえ、構いませんよ」
慎重に、慎重にと心の中で唱えながら、話を続ける。
「実は、私も幼い時にお父さんがいなくなっちゃって、お母さんが一生懸命育ててくれたの。朝も昼も夜も働いて、本当に大変だったと思う」
「……ちなみに、お母様はご健在でしょうか?」
「勿論!バリバリ働いているよ。今もきっと、お客さんにおいしい料理をふるまっていると思う」
「そうですか。それは良かったです」
「うん、だからね?今度は私がお母さんに恩返しする番。今まで支えてくれた分、私がお母さんを支えてあげなきゃって……それが、私のやりがいで、生きる源なの!」
「……そう、ですか」
「それで……私思ったの。もしかしたら、むろっちも同じだったんじゃないかなって」
「えっ?」
「違ったらごめんね?むろっちは大学時代、勉強は勿論、バイトを毎日やっていたよね?これって少しでもお母さんの負担を減らそうと思って、高校の時よりバイトの数を増やしたんじゃないの?」
「そっ、それは……」
「名門五橋大学に進学した理由も、もしかして良い企業に就職して、お母さんを安心させたかったからじゃないの?」
「……」
「お願い!私に本当のこと教えて!この通り」
私は、むろっちに向けて深々と土下座をしてみせた。むろっちは土下座を見て、何度もやめるよう言ってきたが、むろっちが話さない限りやめる気はさらさらない。
「ああもう!……分かりました。分かりましたよ。ちゃんと話します!話しますから頭を上げてください」
「本当に?」
「ええ、女性に土下座なんてさせたくないですから」
私はようやく顔を上げ、むろっちをまっすぐ見つめる。むろっちは大きく息を吐くと、小さな声で話し始めた。
「確かに自分と白澤さんは正反対であり、似た者同士なのかもしれません。白澤さんはご存じかと思いますが、私に家族はおりません。父親に至っては、顔すら覚えていなんです。両親が離婚して、母親のもとで育てられたことは、白澤さんと一緒ですね。母は、朝から夜にかけて、ずっと働いていました。いくつもパートの仕事を掛け持ちして、家に帰ってくるなりすぐご飯を準備して、朝は自分より早く仕事に向かっていました。自分が高校の時、少しでも生活の足しになってくれればと思ってバイトを始めたんですけど、母が仕事量を減らすことはありませんでした。自分がずっと幼い時から社会人になるまでずっとですよ?そんなの、体にガタが来るのは明白じゃないですか。案の定、自分が大学4年の時、母はこれまでにないほど体調を崩し、一時的に入院しました。その時は、ちょっと疲れが出てしまっただけと母は笑っていましたが、母は心配をかけまいとふるまう癖があったので、あまり信用できなくて……ちょうどいい機会ですし、一度全身をくまなく検査するようお願いしたんです。悪い予感というものは当たるもので、診断の結果、ステージ4の癌が発見されたんです」
「すっ、ステージ4の癌って……末期の癌じゃない。どうしてそんなになるまで気が付かなかったの?」
「自分に不自由ない生活をさせたいがために、働くことに一生懸命でしたからね。それか、気付いていたけれど、心配を掛けまいとずっと黙っていたのかな?それから、母に治療を受けるよう何度も説得しました。でも、医療費が高いから、もう助からないの一点張りで、全く取り合ってくれなくて……それでも、自分は僅かな希望にかけて、何とか母を説得して手術をすることになりました。しかし、手術日前日、母の体調が急変したんです。自分が病院から連絡を受け、着いたときには、すでに母は命尽きた状態でした」
私の中で、ようやく話が繋がった。むろっちが名門大学に進学した理由は、将来を見据え、お母さんを養っていけるよういい企業に勤めるため。株式会社ホリデーへの入社を選んだ理由も、労働環境こそ酷いが、全国的に名のある大きな会社だし、給料も悪くない、福利厚生だっていい。すべて、お母さんのことを思って取った選択だったんだ。無理に体に鞭打って働いていたのもお母さんの為。でも……そんな唯一の支えだったお母さんすら、病気で失ってしまったのだ。耐えられるはずがない。もしも、私とむろっちが逆の立場だったとしたら、私も自殺を選んだかもしれない。
「自分は、母に何一つ返してやれなかった。いつもいつも不幸になるのは母だ。父親は遊び癖が酷く、最後は母を捨てるように別の女と消えていったそうです。幼い自分を一人で育て、身体が悲鳴を上げようと、いつも笑顔で……ものすごく辛かっただろうな……いっぱい泣きたかっただろうな……吐き出したかっただろうな。自分が社会人になった時、ようやく母を支えていける!これからは自分が頑張る番だ。なのに……こんな酷いことってありますか?」
世界は、なんて不平等なのだろう。むろっちにも、むろっちのお母さんにも決して落ち度があったわけじゃない。立派に目標をもって、立派に生きていたのに、結末がこんなんじゃ誰も救われない。
「きっと、自分が母を殺してしまったんですよ」
「そっ、それは違うよ!むろっちが悪いわけじゃない」
「そうですね。自分が何かいけないことをしたという自覚はないです。だから、これは贖罪なんです。自分が生まれてきたこと自体がいけない事だったのかもしれません」
「違う!そんなの間違ってるよ。命を与えられただけで、どうしてむろっちが悪いのよ!」
私は、いつしか感情が涙となって溢れ出していた。冷静に話さなきゃ!ちゃんとむとっちの目を見て間違っていると伝えなきゃ!でも、声が震えて話したいことが話せない。
「何で白澤さんが泣いているんですか。ここ、自分が泣くところですよ?」
「だって!っ……だってぇ。こんなの悲しすぎるよぉ」
「自分の話は以上です。もうこの世界に未練はありません。先日、ようやく友人に借りていたお金を全て返し終わったんです。これで、奨学金ともども、すべてのお金を返し終わりました。目標達成です」
「え?友人って……じゃああの日、友人に会いに行っていたのって」
「大学時代、お金に困ったとき借りたお金を返しに行っていたんです。友人にはいろいろ迷惑をかけてしまいましたね。白澤さん」
「なん、ですか?」
「最後に、あなたのような方に出会えて良かったです。白澤さんは、お母さんを大切にしてあげてくださいね。あと、四島さんにもありがとうと伝えてくださると嬉しいです」
「むろっち?」
むろっちは、ゆっくりと腰をあげ、時計を不自然に見ている。何故か嫌な汗が額を伝う。
「正午」
「え?」
「ちょうど今日から2年前の正午、母はあの世へ旅立ちました。この日をどんなに待ち望んでいたことか……」
「っ!?」
「さようなら」
むろっちは、いつの間にか手に握りしめていた薬物を大量に口に入れ、勢いよく水で流し込んだ。私はすぐに駆け寄ったけれど、むろっちは身体をふらつかせ、ついに床に倒れこんでしまった。
「むろっち!?」
頭がが真っ白になる。身体が震えて言うことをきいてくれない。まるで金縛りにあったように、目の前の光景を眺めるしか出来ない。どうしよう。どうしたらいい?人工呼吸?でっ、でも毒物を飲んだ可能性が高いし、ダメだよね?こっ、こんな時はどうすればいいの?会社のマニュアルにこんな時の対処法なんて載ってないよ。分からない。誰か……誰か助けてよ!先輩―――
「うおおおおおおじゃましまあああああす!」
「へ?―――」
「大丈夫か白澤!?」
「えっ……?せん、ぱい?なんで?」
「後で行くって言っただろ?玄関が開けっ放しで助かったぜ。そんなことより……ちっ、遅かったか!」
「先輩……私……」
「分かっている。少し落ち着け!脈はまだある」
「でっ、でも……もう助からないよ。あんな大量に薬を飲んじゃったら―――」
「ああ、まず助からないだろうな」
「っ……」
「この世界ではな?」
「え?」
「転生魔法の準備をしろ!」
「でっ、でも!魔法陣は?」
「魔法陣なら、会社から出張用の魔法陣を持ってきた!お前はとにかく集中力を高めてろ!」
「うっ、うん!」
そうだ、先輩の言う通りまだ終わってない。魂がこの肉体に宿っていれば、異世界への転生は可能だ。完全に時間との勝負だが、間に合わせるしかない。私は、先輩に言われた通り、転生魔法起動の為、集中力を高める。そして、目を開いたときには、既に先輩が出張用魔法陣(カーペットのような布に描かれた魔法陣)を床に広げ、むろっちの身体を、陣の中心に横たわらせていた。
「こっちは準備出来たぞ!」
「わっ、私も!」
「いいか?失敗は許されない。苦しい状況かもしれないが、やるしかない。ゆっくりでいい。唱え間違いがないよう、慎重に!大丈夫、お前なら出来る」
「うん!……行くよ!詠唱開始」
『健全なる魂は、健全なる精神と肉体に宿る。血は魂の息吹、肉は聖なる器となりて、時空を超え、人智を超え、世の理をも超えて逝け!―――』
私の言葉と同時に、魔法陣が激しい光を放ち回りだす。集中、集中よ!落ち着いてやればなんてことはない。魔法陣の回転がどんどん激しくなると、空間がゆがむみ、光の扉が目の前に出現した。
「いいぞ白澤!そのまま扉を開け!」
『異界の扉よ、幸ある命を解き放て!―――』
光の扉がゆっくりと開く。眩しすぎてとてもじゃないが目の前が見えない。いつもいつも思うけど、眩しすぎるの何とかならないかな?突如、平衡感覚が失われ、扉に吸い込まれるように、私達は光の世界へと消えていくのであった。
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