ヒロイン達が俺のエロイラストを所望するのだが!?

スーザン

波乱、波乱!波乱!!

第1話 波乱は唐突に

 俺、瓜生昴うりゅうすばる(十七才)はオタクである。

 主に極めている分野は同人誌。簡単に言えばエロ本なわけだが、それがあまりにも好き過ぎて自費出版なんかもさせてもらっている。因みになかなかの売れっ子だ。総売上げも百万部を突破してるしな。最近なんて新刊ラノベのイラストを担当させてもらう事にもなったし……が、それを他人に自慢出来るわけもなく、現在俺は普通の高校二年生として生活している。今の所この秘密は誰にも知られていない。家族にもだ。


 机上のノートパソコンで次回のコミックマーケットに出す本の作成に没頭していると、唐突にドアがノックされた。直後、長女の妹の「お兄ちゃん!夕飯出来たよー!」という明るい声が聞こえる。正面の目覚まし時計で時間を確認すると、時刻は既に夕方の六時となっていた。


「……ふぅ」


 ショートカットキーで素早くデータを保存し、ノートパソコンをスリープモードに切り替えると、短く息を吐いて立ち上がる。それから身を翻し、部屋を出るとそのままリビングへ。


「あっ、来た!」


 先に席に就いていた次女、瓜生キラが目が合うやこちらへ駆けて来て、俺の胸に顔を埋めるようにぶつかった。そして彼女はそのままクンカクンカと俺の匂いを嗅ぎ始める。

 キラは完璧超人だ。背中まで掛かる絹のようにサラサラな茶髪、健康的に焼けた肌、目は二重で大きく、瞳は緑、唇は薄くて瑞々しい桜色、鼻は少々高い。それらがまるで黄金比のように整っている。しかも性格が明るくフレンドリーだし親切だし運動神経が抜群なのだからそれはもうモテる。が――


「はあはあ、おおお、お兄の濃い雄の匂いでキラ、頭が変になっちゃうよぉ~!」


 ブラコンのド変態だ。非常に残念である。

 キラの両肩に手を置く。そしてジッと目を見詰める。


「ど、どうしたのお兄?――っ!もしかしてキラにホレちゃった!?ひゃっほーう!じゃあ結婚しよ――あう……」


 で、求婚を始めたキラを左に退けると「はいはい、さっさとご飯にするぞー」と言って自らの席へ向かい、椅子を引いてそれに座る。


「いけず……お兄のいけずー!!」


 俺の背後へ来て、背中をポカスカ叩くキラ。そんな彼女を無視して長女であるカノンに目を向ける。すると丁度カノンと目が合った。


 ついでなのでここでカノンの紹介もしておくとしよう。


 銀髪ショートで緑瞳で顔付きはさすが双子の姉というべきかキラと同じく黄金比のように整っている。キラと同じく絶世の美少女と言っても過言ではない。が、運動神経は無くて性格は奥手で臆病。しかしそれがまた男子にとっては儚げに見えるようでとてもモテる。それに病弱な事もあってか周りからは過保護にされている。特に女子の過保護は常軌を逸していて、常に周りには五人ほどお付きの人がいるぐらいだ。ここ瓜生家の長女であり、しっかりしている事もあって家計を任されている。まあ、ある意味お母さん的な存在だな。両親が亡くなってからは残された家族である俺とキラに非常に頼りにされている。因みに先程「夕飯出来たよー!」と呼びに来たのは彼女である――と、紹介はここまでにするとして……


「カノン、今日の夕飯は何だ?」


 部屋を出た時からカレーの匂いには気付いていた。だからカレー料理なのは分かっているが、カノンが単なるカレーを作っただけとは思えないので詳細を訊ねる。


「カレーです。でも単なるカレーではありません……実はスパイスから作ってみました!」


 それはもうとびっきりの笑顔を見せるカノン様。ほんま女神や。神々しい光が背後から見えるような気がする。


「そうか、それは楽しみだな」

「はい!期待しててくださいね!」

「おうよ!」


 それから三分も経たないうちにテーブルに料理が並んだ。品目はカノンのお手製カレーと唐揚げとポテトサラダとキムチと卵スープ。どれも手が込んでいてとても美味しそうだ。


「それじゃあいただきます!」


 両手を併せて挨拶した後、スプーンを右手に持ち、白米とその上に掛かったカレーを掬う。そして一口。

 パラパラの白米……子供でも大丈夫な辛さに配合されたスパイス……隠し味は蜂蜜と言ったところか……?

 十回ほど咀嚼して飲み込む。


「どう、ですか……?」


 先程、自信満々に、期待しててください!と言っていたがどうやら心配になったらしい。カノンは眉をひそめて恐る恐るという感じで訊ねる。


「うん、めちゃくちゃ旨いよ。さすがカノンだね!」

「あ、ありがとうございます!」


 途端にカノンの顔が明るくなった。


「これからも精進しますね!」


 右の上腕二頭筋に小さな拳を作りながらフンスと鼻を鳴らすカノン。

 相変わらず頑張り屋さんだな……それはそれで良い事なんだろうけど……


「カノンは良くやってくれている。でもあまり無理はしないでくれよ?」

「分かっています!けど、お兄ちゃんがお金を稼いでくれているんだからこれぐらいはさせてください……でないと申し訳なくて……」


 この家庭を支えているのはこの俺だ。両親が亡くなってもう二年は経つが、それまでこの三人で過ごせているのは俺のおかげと言っても過言ではない。だが収入源が何なのかは詳しくは言えない。なので俺はこういう話になるといつも――


「お、おう、き、気にするな……」


 と、挙動不審になってしまう。

 もしエロで生かされているだなんて二人が知ったら一体どんな顔をするか……考えただけで怖いな……

 二人の絶望的な顔を想像して心底そう思う。


「でも……そうだ!それじゃあ私も働いて――」

「それはダメだ!!」


 カノンが【自分も働く】と言い切る前に言葉を遮る。


「カノン、お前には……いや、お前達には幸せになって欲しいんだ。だからお前達は学業なり部活なりに専念してくれ。でないと亡くなった両親が浮かばれねえよ」


 別に両親に死ぬ間際言われた事ってわけではない。そもそも両親は交通事故で突然亡くなったのだからそんな遺言を聞く時間すらなかった。でもきっと俺の両親は二人の幸せを何より願っていたはずだ。いや、俺の幸せも願っていたかもしれないが、それでも二人には特に幸せになって欲しかったはず。その気持ちを引き継ぐのは俺の使命だ。自分の事なんてその次でも構わない。その意を込めてカノンに言った。


「……うん、分かった。じゃあ勉強頑張るね!」


 俺の気持ちがちゃんと伝わったかは分からない。けどカノンの複雑そうではあるが明るい笑みを見て俺はきっと伝わっただろうと思う事にした。


「おう、その意気だ!」


 こちらも笑みを浮かべ、重くなった空気を変えるべくキラの大皿に乗った唐揚げを一つ奪い、自らの口に放る。


「アーッ!!」


 当然の如く絶叫するキラ。そんな彼女の皿に自分の唐揚げを二つ置いてやる。


「これで許せ」

「やったぁー!お兄大好き!!」


 そしてキラは右に座る俺の左肩に頭を置いて、ニャハハッ!と可愛く笑うのであった。


※※※※※※


 夕食を終え、風呂に入った後、部屋に戻り、パソコンをスリープモードから立ち上げた所で、パソコンの右側に置かれていたスマホが軽快な音楽で着信を知らせる。

【ブラコンは正義先生】

 スマホの画面にはそんな頭のおかしそうな名前が表示されていた。

 正義先生……?

 この名前には覚えがある。イラストの仕事を振ってくれるラノベ作家のものだ。年齢不詳のミステリアスな正義先生からのメール。唐突に無茶ぶりしてくる正義先生からのメール。

 また依頼か?それなら嬉しいのだが……

 そうである事を期待しながらスマホを右手に取りメールを開く。

【アへ顔至高伝説先生へ♥️

これから面会キボンヌ!

十分以内にいつもの喫茶店に来ないとあなたの妹達に仕事の内容を教えちゃうぞ♥️】


「……はあ!?」


※※※※※※


 駆ける。正義先生が指定した場所へとにかく駆ける。全力で駆ける。

 指定の店は家から五百メートル程離れている。着替えをせずに家を出ればギリギリ間に合う距離だ。実際、部屋着のまま家を出たから間に合うだろう。しかしアクシデントとは最悪なタイミングで起こるもの。というわけで俺は途中で何者かと――


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 ぶつかった。


 思いの他衝撃が強かったらしい。俺は後ろに倒れて尻餅を突いた。もしかしたら相手も走っていたのかもしれない。でないと全力疾走の俺が後ろに飛ばされるわけがない。


「「痛たぁー……」」


 相手と同じタイミングで声を出す。そしてこれまた同じタイミングで互いを見ると、二人共固まる。


「朝倉……」

「うげっ、瓜生昴……」


 雪のように真っ白な肌、丸っこい顔、目は大きくて瞳はピンク、髪はショートでいつもツインテールにしている。小鼻で薄くもなく厚くもない唇に低い身長、そしてロリ体型で反則級に可愛い美少女。相手は学園で三番目にモテる朝倉遥あさくらはるかだった。


「『うげっ』て何だよ『うげっ』って!」

「うっさい馬糞!てか謝れ!お尻が二つに割れたから謝れ!」


 愛嬌ある八重歯を剥き出しにして「グルルル!」と唸る朝倉。まるで威嚇するチワワのようだ。可愛くて全く恐怖を感じない。


「すまない、お詫びにお尻を撫でてやる。だから許してくれ」


 立ち上がり、朝倉に右手を差し出す。すると朝倉はまるで汚物を見るような目でその手を見た後、右手で払い除けて自力で立ち上がった。そして上目遣いでこちらを睨んだ三秒後――


「ていっ!!」


 俺の左脛を右靴の先で思いっきり蹴る。


「いってえぇぇぇ!!」


 あまりの激痛にしゃがんで右脛を両手で押さえる。


「な、何しやがる!?」


 そして涙目で睨み付ける。


「……フン!ばーかばーか!」


 そう言って朝倉は逃げるように走り去ってしまった。


「あのロリ、今度会ったらビンタしてやる!!――ん?」


 朝倉が尻餅を突いた位置に長方形の赤い何かが落ちている。見た感じカードケースだ。

 それを右手で拾い上げ、中身を確認すると【朝倉パル】という文字が見えた。その左右にはそれより小さい文字で何かが書かれている。暗くて見えないが、もしかしたら住所と電話番号とかが書かれているのかもしれない。つまりこれは名刺だ。

 何故学生の朝倉が名刺なんか持っているんだ?もしかして何らかの仕事でもしているのか?それなら一体どんな仕事を?


「うーん……分からぬ」


 ここで俺の右ポケットに入ったスマホが電話の着信を知らせる音楽が流れる。

 スマホを取り出し、相手を確認すると、それは正義先生からだった。

 しまった!待ち合わせ!!

 恐る恐る通話アイコンをタップし、電話に出る。


「お前を殺す」


 正義先生の低い声が聞こえたかと思えば、直ぐに通話が切れた。


「……怖ぇよ」


※※※※※※


 待ち合わせ場所に到着するとすぐに正義先生を見付けた。彼女は店の外に設置された四人用の席で地震が起こるんじゃないかって思うほど激しく貧乏揺すりをしていた。

 何も言わずに彼女の真正面の席に座る。そして黒いキャップを深く被った彼女の顔を覗き見て「遅れてすみませんでした」と短く謝罪。すると正義先生は「フン!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。どうやらお怒りのようだ。

 怒りたいのはこっちなのだが……

 脅迫で呼び出しておきながら勝手に怒る正義先生に憤りを覚える。だがここで怒ってしまったら本当に妹達に秘密を教えかねないので一度深呼吸して我慢する事に。


「それで、用件は何ですか?」

「結婚してくれ」

「お断りします」

「どうして?」


 さも不思議そうに首を傾げる正義先生。


「いや、どうして?じゃなくて。てか俺達ってまだ三回しか会ってませんよね?それで求婚するとか本当にビックリなんですけど」


 交際の過程をぶっ飛ばして求婚するというのはさすがに気が早いと思う。


「そして脅迫もやめてください。いや、マジで」

「じゃあもう仕事振らない」


 そう言って正義先生は不機嫌そうに頬を膨らませる。

 このアマ、ビンタしてやろうか?

 そうは思うが、当然そんな事出来るわけもなく――


「それだけは勘弁してください!妹達を養えなくなります!」


 テーブルにおでこを擦り付けて懇願する。すると正義先生はクスリと笑った。


「あなたのそういう所、わたしは好きよ。だから結婚しましょう」

「それはマジで勘弁してください」

「どうして?自分で言うのもなんだけど、わたしはかなりの美人よ。それにあなた好みだし。ショートの金髪もそうだし碧眼もそうだし肌も白いし、何より胸が大きい。しかも超売れっ子作家だからお金も持っている……わたしと結婚するとメリットだらけだと思うんだけど?」


 確かに正義先生は俺の好みの女性だ。はっきり言ってストライクゾーンのど真ん中にいる。でも問題は――


「せ、性格が合わないと言いますか何と言いますか……まあ、そういう事です」


 別に嫌味な性格というわけではないが根本的に俺とは合わない。彼女にとっては好みの性格をしているのだろうが、俺にとって正義先生はとても疲れる性格をしている。もし彼女と結婚したら俺は確実に精神をおかしくする。だから彼女とは一緒にいられない。そんな意を込めて言ったわけだが果たしてちゃんと理解してくれただろうか。


「そうか……なら結婚するしかないな!」

「…………」


 恋ってここまで人を盲目にするものなのだろうか……

 理解力の足りないお馬鹿さんにジト目を向けながらそう思う。


「と、言うのは冗談で……いや、思いっきり冗談ではないんだけど。でも冗談という事にしておいて……実はだね、アへ顔先生。今回あなたを呼び出したのには理由があるの」

「理由……?」

「そう。その理由というのは……」

「というのは……?」

「わたしが今度出す事になった新作についてなの!」

「……詳細は?」


 正義先生が新作を出そうとしている事は知っていた。というかこれはファンなら誰もが知っている事だ。しかし内容は誰も知らない。編集者でさえ知らない。だから非常に興味がある。


「ここだけの話なのだが、今回はノンフィクションを書こうと思っているんだ。でも何を題材にすれば良いか分からなくてね。で、ふとアへ顔先生の事を考えている時、思い付いたのよ!アへ顔先生の日常を題材にしようって!」

「…………は?」

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