第13話


 吊り橋を渡り街に入る。

 甲冑を身に着けたヴァンとセインが御者に扮して、城へ物資を運ぶという名義で街に一行は戻ってきた。

 小屋で立てた計画は城へ物資を運ぶ一団に偽装して城へ侵入する方法だ。

 フェンデル自身が知らなかったのか、また知っていても黙秘を通したのか、別の間者はすんなりと工作をやり遂げた。

 馬車を入手したり準備を進めている間に、間者から連絡があり街への通過許可書類、城への入場許可書類が手元に届けられた。

 相変わらず緊張感のないやり取りをしながら、翌々日一行は城へ出発する。

 まずは街に問題なく侵入でき、セインは兜の中で気づかれないように安堵の息を吐いた。

 

 『処刑の日が近いから街の雰囲気は最悪だ。フェンデル様は民衆に好かれていたからな』


 街の入り口で門番が愚痴っていたのを彼は小耳に挟む。

 すでに間者からフェンデルの処刑が明後日に実行されると聞いており、門番の言葉に驚くことはなかった。意外だったのは民衆に好かれているという点で、街に入ると門番の言った通り、セインが魔の国からこの街に戻ってきたときのような熱意はなかった。

 まるで火が消えたように、人々は冴えない顔で歩いている。


「フェンデルはよく街に降りていたみたいなんだ。そして民の言葉を王に届けることをしたようだ。まあ、いい奴だよな」


 ヴァンはセインの隣で、手綱を握りながらぼやく。

 

 ーーだけど、フェンデルは、いや。フェンデルも復讐を選んだ。


 人の国に好意など抱いているはずはなかったのだが、セインは自身を歓迎してくれた民の落ち込みようを見ていると複雑な心境に駆られた。多分それも顔に出ていたはずなのだが、兜をかぶっているおかげでヴァンに気づかれず、彼は安堵する。


 そうこうしているうちに、城の門へ辿り着いた。


「約束の荷だな。馬車を東の搭に移動させるように。そこから荷を下ろす」

 

 城の門番は間者が用意した偽物を書類に目を通した後、指示を出す。それに従ってヴァンが馬車を動かした。兜の中から門番を眺めるが、疑っている様子は見られない。

 無事に入城し、指示された東の塔の奥へ馬車を停めた。

 そこからは時間の勝負だ。


 ヴァンが人の注意を引いている間に、荷台に乗ったメルヒたち4名が降りて搭の影に隠れる。それを確認し、セインが御者台から降りて荷台へ行き、荷物を下ろし始める。


「おお、大丈夫か?お前?」


 セインが荷台から木箱を抱えて出て来るのを、別の騎士が心配して声をかけてきた。


「大丈夫です」


 そう答えるのだが、その騎士は近寄ってきて囁く。


「後はワタシがやる。仲間たちと合流して馬舎で待て」


 セインが頷くのを見てから、彼は声を張り上げた。


「荷台には酒があるぞ。どうやら俺たちへの褒美らしい。運び出そうぜ」


 陽気さはヴァンのようで、囁いた声とは全く違う。

 姿は青色を混ぜたような長い黒髪を一つに結んだ優男にしか見えない。魔族の特徴が見て取れず、セインは不思議に思いながらも彼の指示に従う。

 ヴァンは最終的に馬車を馬舎まで送り届けるので、御者台に乗ったままだ。

 酒と聞いて集まってきた騎士や兵たちを後ろに、セインはさり気なく塔の奥へ移動した。そこにはタトルたちがいて、彼らはすでに用意されていた甲冑を身に着けていた。

タトルの背中の甲羅や、バイゼルの羽が隠されるように準備された甲冑で、甲羅は丸い盾のように見え、羽は大きめの肩防具を使って外衣で覆われ、一見して全身甲冑の騎士のようだった。

 メルヒとラギルはそれぞれの尻尾を隠すだけなのだが、甲冑にうまくおさまったようで違和感は見て取れなかった。




「フェンデル」

「陛下」

「お前はまだ私を陛下とは呼ぶのだな」

「ええ、あなたが人の国の王であることはかわりません。そして私は裏切り者の反逆者です」

「この結果、もしかしてお前は望んでいたことか?」


 トールの問いに、フェンデルは何も答えなかった。

 牢に入ってから5日ほどが経過していた。その間、彼は水以外何も口にしていない。顔はやつれていたが心安らかな表情をしていた。


「やり直しがきかないことは多くある。特に命に関しては」

 

 王は答えぬ元親友へ、語り続ける。


「それでも私は前に進む。王として」


 フェンデルは無言で、臣下の礼を取った。トールは目を細めてそれを眺めていたが、踵を返す。


「言葉を交わすのはこれで最後になろう」


 背中を向けたまま王は話し、控えていた騎士と共に外に出て行く。

 残された彼は立ち上がり、トールが去った方向を眺め、目を閉じた。

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