第14話

「セイン殿下、お強いですね」

 

 人の国へ戻ってから二日が経っていた。 

 礼儀作法、学問等の王としての知識を教えるのはアルビスだが、合わせて剣の訓練も近衛兵団長のフェンデルから受けた。


 魔族の三人もこれに参加しており、魔法を使うことなく己の技量のみで模擬戦を行う。セインは人などと馬鹿にしていたのだが、フェンデルは団長だけあって、話をするくらい余裕をもってセインの相手をしていた。

 魔法を使えればと何度も思ったが、人の国で魔法を使うと不審がられるとかで、ザイネルが魔法陣を施した手袋を渡さず、現在彼は魔法を使えない。

 それでも剣技はヴァン以外になら負けないと自負していたので、悔しさが高まる。

フェンデンの余裕を受け、彼は感情的に攻めてしまう。


「セイン王子の負け。そろそろ諦めたら?」

 

 近衛兵団の騎士から希望を募り魔族の三名と手合わせる。数人相手したところで休憩となり、三名はセインとフェンデルの戦いを見ていた。

 野次を飛ばすのは鳥の魔族バイゼルだ。


「バイゼル。そんなこと言ったらセイン王子ますます怒っちゃいますよ」

「二人とも茶化すな」


 バイゼルに返した兔の魔族ラギルを亀の魔族タトルが制する。

 感情的で、注意力まで落ちているセインにそんなやり取りは耳に入り、ますます動きが雑になった。


「はい。これで終わりです」


 攻めたところを躱され、後ろに回られた。

 刃引きされた剣が背中に当たり、セインは大きな息を吐いた。


「負けたな」

「ええ、また負けました」

「二人とも煩いぞ」


 セインが怒鳴るよりもタトルが先に口に出し、他に見学していた騎士たちはさすがに王子相手に軽口は叩けないので、黙ったままだった。


「……くそっつ。またか」

 

息を上がらせて、セインは礼儀も忘れ悔しさを表した。


「殿下」

「わかってる」


 それをフェンデルから咎められて、彼は返した。

 体を動かすことはセインにとっていい感情のはけ口をなっている。朝、昼、晩と食事を王と王妃と共に取ることになっており、その度に怒りとは別に苦い感情が込み上げてきて、彼にとって食事時間は苦痛だった。

 アルビスから講義を受ける時間は面倒とは思ったが苦痛ではなかった。それまで文字以外に学問らしいことを学んだことがなかったので、アルビスから聞くことはとても珍しくて興味深いことも多かった。しかも時折父のことも聞き、泣いているだけの父の印象が少しずつ変わっていっていた。

 夜は、タトルたちから新たな連絡はなかったにもかかわらず、扉を叩く音がすると警備の騎士の姿が消えていて、セインは窓から降りて中庭を抜けてメルヒに会いに行った。行くと待っていたように起きていて、それが嬉しくて、他愛もない会話をした。昔の話をしようとすると頭痛を訴えるので、セインは今の話だけをして、聞くことにしていた。

 メルヒは顔を綻ばせて、ジョセフィーヌの話をする。

 セインは反対に自然と険しい顔になっていくのだが、その度に彼女は悲しい顔をした。


 ――メルヒは楽しそうだ。とても。思い出さないほうがいいのか?でも、それなら、僕は?彼女はきっと僕についてきてくれない。ジョセフィーヌとトールを殺したら彼女はきっと怒るだろう。いや憎まれるかもしれない。でも、メルヒだって。


 このことを考えるとセインは迷路に陥ったように、考えが進まなくなった。

 そうして三日目が過ぎ、亀の魔族タトルたち3名の魔族が帰る日がやってきた。


「セイン王子。ザイネル陛下のこと、我々のことを忘れなきように。あなたの願いが叶うように我々はずっと応援しております」


 タトルがその深い青色の瞳をセインに向けたまま、彼に最後の挨拶をする。


「願いとな?」


 トールがそれを口にすると、タトルは平伏したまま、殿下にお尋ねくださいと答える。


「……人と魔の国が恒久的な平和を築くことです」


 彼がそう答えると、王は頷いた。


 ――わかってる。僕は、僕の願いを果たす。絶対に。


 彼の願い、それは復讐を遂げることだ。

 三名の魔族はフェンデルが率いる騎士数名に伴われ、城を出て行った。

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