第7話

 馬車の窓からセインは風景を眺める。

 時折揺れるので、居心地はそこまでよくなかった。

 馬に乗った方がよかったと思いつつも、彼は馬車に揺られ続ける。


 森の風景が途切れ、人々の声が聞こえてきた。


「セイン殿下。王族の一人として窓から手を振っていただけると助かります」


 砦の騎士、副兵団長のジョンソンから言われて、セインは猫の魔族カリンの言葉を思い出しながら、上品な微笑みを窓から覗かせる。

 それで民衆が騒いだので失敗したかと思ったのだが、そうではなく、耳を澄ませばそれは歓迎の声だった。

 人型であるためか、魔族に対しても人々からの嫌悪感が伝わらず、セインは安堵する。


 ーー僕が安心してどうするんだ。どうでもいいじゃないか。別に。


 そう思いながらも、彼は笑顔を絶やさず、歓迎されたまま村を抜ける。そうして二つの村を同様に通り、やっと城の近くまでたどり着いた。


「我々はここまでです。こちらからは、近衛兵団が護衛を担当します。セイン殿下」


 ジョンソンから短い言葉があり、新しい担当者が姿を見せた。

 セインは馬車から降りて、挨拶を交わす。


「セインだ。ここからはあなたが警護をしてくれるのか?」

「はい。私は近衛兵団長のフェンデルです。よろしくお願いします。セイン殿下」

「よろしく頼む」


 フェンデルは三十代に見える男で、砦の兵団長と同じ背丈。しかし筋肉質ではなかった。

 黒色に近い茶色の髪を短く刈り上げて、セインに敬礼する。彼が連れてきた近衛兵の数人と挨拶を交わして、とりあえず、三人の魔族ついても紹介する。

 その後、砦の騎士と近衛兵が引継ぎを行った。

 城下町の周りは壁で囲まれ、溝には水が張られている。跳ね橋になっており、街の正門が開くとその扉が橋の代わりになる。それを渡り切って、街の中に入った。

 街の匂いを嗅いだとたん、10年前の風景が思い出された。

 罵り、痛み、血……。

 母が用意してくれたケーキ。

 馬車の中で、セインは顔を押さえて自分を抱えるように猫のように丸くなった。


「セイン殿下。お帰りなさいませ」


 そんな声が最初に聞こえ、訪れた村と同じような歓迎の言葉が耳に入ってくる。

 おそるおそる窓から、外をみると10年前とは違う光景がそこに広がっていた。


「王子。恐れ入りますが、窓からで構いませんので、民衆に顔を見せていただけませんか?」


 近衛兵団フェンデンに請われ、セインは震える自分の手を別の手で押さえて、猫の魔族カリンの言葉を思い出して笑顔を作る。

 そして窓に近づき、民衆に手をふる。

 ぎこちない笑顔であるが、それは緊張のためと思われたようで、民衆は王子の帰還に湧く。それはセインの記憶とは大きく異なり、彼は動揺しながらもどうにか、城の近くまで笑顔を保てた。


「ここからはもう大丈夫です」


 フェンデルから言われて、彼は安堵して椅子に深く座り直す。

 心は波立っており、混乱し、セインは必死に落ち着く様に何度も深呼吸を繰り返した。


 



「セイン?」

「そう。トール様の兄君カイル様のお子のセイン。彼が今日城にくるの」


 今朝起きると、やってきた王妃ジョセフィーヌからそう説明され、ケリルはとりあえず頷く。

 カイル、セインととても聞き覚えのある名前で、懐かしい気持ちにもなる。けれども同時に嫌な気持ちも浮かんできた。思い出してはいけないと反射的に思ってしまって、ケリルは目を閉じた。


「どうしたの?」

「なんでもない。そのセインという奴は、ずっと城に住むのか?」

「そうよ。あなたにも会わせてあげるわね。何か思い出すかもしれないし」

「思い出したくない」

「ケリル?」

「思い出したら大変なことになる。きっと。だから、会いたくない」

「ケリル。大丈夫よ。大変なことになっても私は覚悟しているから。でも、まあ、セインはずっと城に住むのだし、ゆっくり会いましょうか」

「うん」


 ジョセフィーヌは愛おしそうにケリルの頭を撫でる。それが気持ちよくて、彼女の黒い耳がぴくぴくとはね、尻尾がバタバタと動いた。


「本当、面白いわね。可愛いし」

「私はおもちゃじゃないぞ」

「そんなこと思っていないわ。あなたは私の大切な娘だもの」


 ジョセフィーヌはそう言って、ケリルを抱きしめた。




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