第6話
二日後。
セインは魔の国から人の国に向けて出発した。
魔の国の城から1日以内で国境には辿り着く。
セインに、ザイネル直属の部下3名が付くことになっており、それぞれが馬に乗って進んだ。
馬は魔族が変化したものではない。
馬の魔族が変化した場合、通常の馬よりも大柄になり、毛並みも異なる。
国境に詰める騎士や兵の中には11年前の戦争を経験した者も少なくなく、セインへ付随する魔族は3名と報告しているのに、魔族が変化した馬を連れて行くと何かと問題となるからだ。
セインと魔族3名は、国境前で一夜を過ごして早朝になり国境を超える。
彼が人の国で過ごしたのは僅か5年余り。
しかも小さいときで記憶はすこしだけ。ある記憶は両親のこと、殴られたこと、なじられたことなど嫌な想いしかなかった。
憂鬱な気持ちで、国境に位置する人の国の砦の前に立つ。
「セイン王子を人の国の城へ送り届けるため、国境を通していただきたい」
魔族の大半は戦闘的なものが多いが、ザイネルが遣わせた3名は戦闘的ではない魔族ばかりだ。
羽を背中に生やした鳥の魔族バイゼル、耳が長い兔の魔族ラギル、背中に甲羅を背負った亀の魔族タトル。
どれも人型で、それぞれの特徴がなければ生粋の人間に見えないことはなかった。
三名のうち、亀の魔族バイゼルが長になり、彼が冷静に門番に話しかけていた。
人の国より送られた証明書を見せると頑丈な門が開いた。
セインを含んだ4名は馬に乗ったまま、中に入る。
「セイン殿下。よくお戻りくださいました。私は砦の兵団長のキザンです。よろしくお願いします」
出迎えたのは、砦の兵団長キザンでにこやかな笑みを浮かべていた。年齢は四十代半ば、髪は反り上げており、背丈はヴァンと同じくらい、兵団長を名乗るのが頷けるくらい筋肉質な男だった。
さすがに馬に乗ったまま挨拶を受けるわけにはいかず、セインと他の三人は馬から降りる。
「キザン。出迎えご苦労。城までは案内が付くのか?」
猫の魔族から王族として、上から目線だが労うことは忘れないようにと助言をもらっているので、それを意識してセインは聞く。
「はい。副兵団長のジョンソンに、数名つけます。砦で一旦休憩されますか?」
「必要ない」
すでに他の三人とは打ち合わせしており、国境で数人兵士が護衛と言う名の監視目的でつくはずだから、それを伴ってすぐに王城へ向かうつもりだった。
「畏まりした。それでは、こちらへ。セイン殿下の馬は私の部下が連れていきましょう」
馬の扱いにはさすがに慣れているらしく、兵団長キザンはセインから手綱を受け取りと馬を撫でてから、彼の部下に手綱を引き渡す。その際も部下は上司と同じ動作を繰り返し、馬は抵抗することなく手綱を引かれながら、大人しくセインとキザンの後方を素直に着いていった。
魔族の三名はそれぞれの馬の手綱を引き、ゆっくりとそれに続く。
「カイル殿下とは昔何度かお手合わせをお願いしたことがあります。本当にあなた様はカイル殿下に似ていらっしゃる」
キザンはセインの隣で懐かしそうに目を細める。
最初の笑顔が胡散臭く思えていたが、嘘ではなかったとセインは内心ほっとする。
彼にとって父はいつも病床におり、泣いていた印象が強く、隣の騎士とお手合わせなどと想像もできなかったが。
「あなたが魔の国にいらしたなどと驚くばかりでした。ですがあなたが魔の国で育ったのは何かの運命にしか思えません。あの戦争は悲惨でした。もう二度とあのような戦いを望んでおりません。できればあなたがこの平和を恒久なものに変えていただけると嬉しいです」
「努力する」
セインにとって、戦争とかそういうものはどうでもよかったのだが、キザンを満足させるためにそう答える。彼の目的は復讐、メルヒの奪還だ。魔の国と人の国の親善など、口実に過ぎない。ザイネルが何度かそれを口にしているが、あの享楽主義の彼が平和を望んでいるとも思えなかった。
すぐに出発するという話は伝えられていたのか、少し歩くと5人の騎士が待っていた。
「セイン殿下。こちらが、副兵団長のジョンソン、御者を務めるアインに……」
兵団長キザンは、同行する騎士を1名ずつ紹介していく。ここからはセインは馬車を利用して、彼が乗っていた馬は別の者が王城へ連れて行くことになった。
人の国の騎士が2名前に、その後に亀の魔族タトル、セインが乗る馬車に後方に兔の魔族ラギル、鳥の魔族バイゼル、最後後方に2名の騎士が付く。
あと1名はセインの馬車の御者役だ。
こうして、国境で馬車に乗り換え、新たに人の国の騎士を4名つけて、セインは王城へ再び進み始めた
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