第9話 異世界の常識

 テーブルの向こう側で小さな悲鳴を上げ、女性は椅子ごと後ろに倒れてしまった。バタンと大きな音を立てて、そのまま微動だにせず起き上がる気配も無い。


「大丈夫ですか!?」


 素顔を晒したことにより驚かせて、座ったまま後ろに倒れて気絶させてしまった。頭から倒れたように見えたので、マズイかもしれない。


「よっ、と」


 フードを被り直してから、テーブルを飛び越える。受付嬢が倒れている向こう側に着地した。床に倒れている彼女に近寄り、うるさくならないよう優しく声を掛ける。


「お姉さん、目を覚まして」

「……」


 彼女の肩を軽くポンポンと優しく叩き、小さく声を掛けてみたけれど反応は無い。気絶したフリでもないみたいだし、意識は戻ってこない。


 口の近くに手を当ててみる。ちゃんと呼吸をしているようだった。彼女の後頭部を確認してみたところ、幸いにも頭に怪我は無さそう。念の為、手に魔力を帯びさせて受付の女性の頭を撫でる。回復の魔法を使って、ダメージを無くしておく。


 ケガがないことを確認することは出来たが、しばらく意識が戻らないようだった。とりあえず、目を覚ますまで声を掛け続ける。


「大丈夫ですか? 目を覚ましてください」

「うーん……」


 建物の中に居た、6人の冒険者たちがこちらに視線を向けて注目していた。これは受付の女性を気絶させた危険人物だと、誤解されてしまうかも。原因は僕のなので、間違ってはいないけど。素顔は見えないように、フードで隠している。向こうにいる彼女たちに顔は見られないはず。




「もしもーし」

「うぅん……」


 しばらく声を掛け続けると、反応があった。もうすぐ目を覚ますと思う。


 先ほどコチラを注目して見ていた冒険者たちを横目で確認してみると、彼女たちは既に興味を失っていたようだ。僕たちの方から視線を外して、6人で談笑していた。変な誤解をされずに済んだようで、まずは一安心だった。あとは、受付の女性が目を覚ましてくれるのを待つだけ。




 しかし、素顔を見せるだけで気絶されるなんてと思ってしまう。でも、男性の顔を間近で見て気絶するという女性は意外と多いらしい。今回の件については、注意していなかった僕のミスである。


 この世界に居る女性たちの多くが、男性という存在と接することに慣れていない。男性と面と向かうだけでも緊張したり、男性とまっすぐ目を合わせられなかったり。


 男性の顔を見るだけで、今のように気絶したりする女性も多く居たりする。


 なぜなら、この世界には男性の数が驚くほど少ないから。男性の数が少ないから、接したり話したりする機会やタイミングが無い。子供の頃から大人になるまで一度も男性と出会ったことがないし話したこともない、姿すら見たことも無いという女性も多いという。


 男性に対する免疫や知識、経験が無いからコミュニケーションを取るのに、とても緊張するらしい。逆に男性も、女性たちが身構えて接するから距離を詰められない。結果的に、性別の違いでお互い意思の疎通がうまくいかず。男女の間にどんどん溝が深まっていくばかりで、悪循環だった。


 人間の男性の出生率は女性に比べると異常なほど低くて、1000人に1人というぐらいの割合でしか生まれてこないから。

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