4.異世界転移?!
「ん……なんかふさふさしてる」
顔や首、腕などにさわさわと不思議な感触がある。まぶたが重いが、皮膚越しに瞳が捉える明るさに、すぐに目が覚めた。んん、と伸びをしてからまぶたを持ち上げると、そこには目を疑うような光景があった。
「ここ、どこだ?」
広い草原だった。少し離れたところには木々が茂っている。別の方角には、それよりさらに遠くに町のようなものが見える。ここが日本ではないと直感した理由は、家々のカラフルな様のせいか。
「えっと、何してたんだっけ」
状況を把握しようと視線を巡らすと、自分が着ている服がいつもと違うことに気がついた。そう、ハロウィンパーティーにと集めた服装だ。ただ、自分で探したチャチなデザインのものではなくかなり本格的な装飾になっている。
草の上には、僕の他に六人の男女が寝転がっている。
「えっ。誰だ、この人たち」
そう口にしてから気づいた。よく見ると、彼らは文芸同好会のメンバーだ。ただ、髪の色や髪型が違うのですぐには分からなかった。
「なあ、みんな。起きてくれ。大変だよ。カナやん起きて。なあ、ひろろんってば」
交互に体を揺すり続け、なんとか全員が目を覚ました。
「ん……って、どちら様?」
カナやんも、幼馴染みの僕をすぐには認識できないらしい。
「カナやん、僕だよ、アオ。青海野灰。分からない?」
「あ、ああ、アオね。分かる、分かるわ。その格好、あなたがハロウィンパーティーで着ていたものだもの」
まだ多少の混乱が残っているようだけど、僕が青海野灰だと分かってくれたらしい。
他の五人も最初は頭の上にはてなマークが浮かんでいたが、お互いに確認し合ってようやく七人全員が一致した。
「でもどういうことだろう。ボクたち、ハロウィンパーティーしてて、あれから……」
あーちゃんは頭を抱えた。
「恐らく寝落ちしたわね。私が最後まで起きていたのだけれど、みんな寝ちゃって起こそうとしても起きなかったの。私一人では部屋まで運べないし、かと言ってネコの家の方に迷惑をかけるのは悪いと思って。ちょうど衣装隠しに持ってきていたかけ布団があったから、それをみんなにかけたの」
そうしたら、カナやん自身もそのまま寝てしまったらしい。
「おいこれ、もしかすると『異世界転移』ってやつじゃねえのか? 死んだわけじゃないし、俺ら全員、異世界に飛ばされたんだよ!」
ひろろんが興奮気味に言った。
「そんな馬鹿なことがあるか。――と言いたいが、あながち間違っているとも言えないな。現にこうしてみんなの意識ははっきりとしているし、現実で俺たちが着ていた服のままだ」
「ネコ、若干違う。特にアキ」
サクラの指摘で、全員の視線がアキに注いだ。
「ちょちょちょ、そんなに見ないでよ~。日本刀に本当に斬られた方がマシだあっ」
僕は頭を強引に操作して、視線をアキから外した。本人も赤面――いや、全身が茹でだこみたいに真っ赤になるほど、セクシーな格好をしている。ミリタリーな格好をしていた彼女だけど、デザインはそのままなのに大きく開いた胸元、ところどころ破れている布地。かなりレアだ。
「異世界転移か。この格好のままってことは、僕たちに魔物の討伐でもさせる気かな?」
「待ってアオ。そうとは限らないわ。だって転生も転移も、大抵の場合は異世界に移る前にあるはずよ。神とか案内役とかが、ああしろこうしろって」
カナやんの言うとおり、ラノベなんかではよくある話だ。現実世界とも異世界とも違う、時空の狭間のような空間。転生、もしくは転移する主人公は、そこで今後の説明を受けることが多い。
しかし、僕たち全員そんな記憶はなかった。
「単に記憶を消されたのでは? 俺たちは七人もいる。協力してどうにかしろという可能性もあるぞ」
「そんなの行動すれば自ずと分かる」
サクラは、ネコの横からすまし顔でスタスタと歩いていく。彼女の向こうには町がある。
「そうね。町に行くのがセオリーね。情報を得られるだろうし、何か起こるかもしれない」
カナやんも歩き出したのを見て、僕たちは後に続いた。
道中の話題はお互いの姿と格好だ。ネコの金髪ロン毛なんてかなりのファンタジー仕様だと思う。
歩いてみて気がついたのは、腰の刀が明らかにレプリカの重さではないということだ。ぶら下がっているのはおもちゃなんかじゃなく、真剣。きっと、カナやんの銃やあーちゃんのライフルも本物だろうし、ネコの杖は魔法が使えるに違いない。
「みんなの武器が本物なら、俺はどうなるんだ? あーちゃんはサモナーだからこれから召喚するとして、俺はテイマーだ。相棒がいるはずなんだっ」
ひろろんが地団駄を踏み始めた。すると、最後尾を歩いていた僕の耳に、ガオッという聞き慣れない声が聞こえた。
「えっ……うわあ! ほ、ホワイトタイガー?!」
僕は思わず腰を抜かしてしまい、その場で尻餅をついた。いつの間について来ていたんだろうか。最初に目を覚ました時にはいなかった。
「おおっ。まさしく俺の相棒だ!」
ひろろんが目を輝かせて近づいた。するとホワイトタイガーは、彼を主人だと認識しているかのように大人しく、手の伸ばしたひろろんに顔を擦りつけている。
それにしてもこのホワイトタイガーは大きい。ざっと見積もってニ、三メートルといったところだろうか。僕たち七人全員が乗れそうだ。
「ようし、レオ。俺たちをあの町まで連れてってくれ」
「レオ?」
僕は首を傾げた。
「相棒の名前だ。やっぱ呼び名がなきゃあな。今決めた」
レオはガオッと返事をして、腹ばいの姿勢になった。乗っていいよということみたいだ。
「他にも小動物も扱えるっぽいけど、見当たらねえなあ。今回の場合はそいつらに偵察してもらうよりも、レオと向かった方が速いから必要ないってことか?」
ひろろんは疑問に思ったようだが、全員が乗り終わると、レオはバランスを崩さずに立ち上がってゆっくりと走り出した。そして徐々に加速していく。
「すごいすごい! 気持ちいいー。爽快だあ。酔いそうかい? そんなことないー」
……あれ、サクラの笑い声が聞こえてこない。もしやと思って彼女の様子を窺うと、案の定酔ってしまったらしく、口に手を当てている。
「サクラ、気持ち悪いのかい? なら、俺の魔法で三半規管を強化してやろう。こんな機会なんて滅多にないから、楽しまないともったいないぞ」
「……ありがとう、ネコ」
回復魔法の延長だろうか、ネコが何やら口を動かした。徐々にサクラの顔色がよくなっていく。
「もう大丈夫」
サクラが回復し、レオはさらに加速した。もう町がかなり近づいている。
しかし、順風満帆な異世界生活を味わっていたのもつかの間、突然大きな爆発音とともに、町の中から煙が上がった。悲鳴も僕たちのところまで届いてきた。
「な、何かしら。事故? それとも――」
「何言ってんのカナやん。ここは異世界、起きるハプニングはただ一つ、敵の攻撃っしょ!」
あーちゃんのテンションがかなり上がっている。
「でも、僕たち急に転移したから、戦い方が分からないよ。そういえば、さっきネコが魔法を使えたのはどうしてだ?」
僕の質問に、ネコは頭をかいた。
「それが、俺にもイマイチよく分からないんだ、アオ。サクラが酔ったと知って、自分の回復魔法でなんとかできる、となんの疑問もなく思ったのだ。術の使い方は歌うことだと自然と理解できて、頭に流れてきた歌を歌ったら、俺は術を使うことができた」
「歌う? でも僕には歌なんて聞こえなかったよ」
「アオと一緒だよ、秋穂もー」
「あたしには聞こえた」
サクラにだけ聞こえたということは、回復対象でなければ聞こえないということか。
「ネコの言うことが本当なら、私たちは自然と戦い方を知っているってことね。いざ戦闘になれば、恐らく自分がどう立ち回るべきか分かるはずよ」
カナやんの考えに全員が頷いた。僕の場合は剣だけど、きっとファンタジーの剣士のように動けるんだろう。
初めての戦闘に対する不安と、未知なる自分の力への期待。それらを胸に抱きながら、僕は拳に力を込めた。
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