第24話 見当違いの落胆
身体中に顔が浮き出ている中年の男は、屋敷の玄関の大扉を開いて外にでる。
『ついに、ワタシはでたのよぉっ!』
奇妙なダンスを始める中年の男。それと呼応するかのように地面から次々に這い出てくる頭部の大きな怪物たち。
怪物たちは中年の怪物を中心に一糸乱れぬダンスをする。
やっとだ。やっと、この屋敷から脱出することができた。中年の怪物、ヒズミは呪いの王に生み出された濃くも古い三大呪いの一つ。呪いの王から生み出されてからずっと、この屋敷に閉じ込められていて、一歩たりとも外に出る事ができなかったのだ。この制約はいわば呪いの王に課せられた唯一の枷。だが、その枷も、呪いの王がお力を得て完全に外れた。
『此度、ワタシは自由となったのよぉぉぉぉーーーー! さあさーーあ、踊り狂いなさーーーい!』
天へと向けて歓喜の咆哮をし、ダンスを舞う。配下の顔がやけに大きな怪物どもも気味の悪いほどシンクロしたダンスをする。
『さーてどうしましょうかしらぁっ!』
呪いの王からはこの世の全てを呪い殺すように指示を受けている。
『手始めにこの都市の全ての生き物を呪いにかけようかしらぁ』
スキップをしながらヒズミが進むと隊列を組んで、頭の大きな怪物たちもスキップして進軍する。
大量の怪物のスキップだ。そんな悪夢に等しい光景の中、怪物の前に一人の男が立ちはだかる。その男は三面の鬼。鬼は二又に分かれた大剣を肩に担ぎながら、
『ここは通さねぇぜ。俺の
犬歯を剥き出しにしてそう叫ぶ。その三面の鬼の両眼は大きく見開き、ギラギラと異様な光を宿していた。
『人間ではなーーいようですわねぇ』
ここは人の住む場所のはず。大方、人の召喚士により契約した魔物というやつだろう。どのみち、今の覚醒したヒズミとその下僕に勝てるわけがない。
『いいでしょう。お前たち、少し遊んでおあげなさーーい』
ヒズミの命により、一斉に取り囲む頭部が大きな怪物ども。怪物たちは三面の鬼の周囲を、ダンスを踊りながらグルグルと高速で周り始めた。
その動きを目にして三面鬼の顔が初めて、不快に歪む。
『くそがっ! こっちは外れか! お前らなぁ、襲うなら普通、繁華街への通のこっちに主力を置くべきだろうよッ! なんで、既に死んだ屋敷の幽鬼どもに精鋭を向けんだよ! お陰で前鬼、後鬼にも先を越されちまうじゃねぇか!』
怒気の含んだ咆哮とともに、何か巨大なものが薙ぎ払われる。宙に臓物がまき散らされて、三面鬼の周囲で高速で踊っていたヒズミ配下たちは一瞬で屍と化す。
『は?』
ひき肉となって地面にばら撒かれた配下の死体を眺めながら、間の抜けた声を上げる。それはそうだ。此度我らが呪いの王は、神の階段を上り始めた。この世界を呪いつくせば、神へと至る。神とはこの世界の理から外れた存在。神の道を踏み込みしものに、この世界の理に縛られている現世のものが抗えるはずなどいのだから。だから――。
『な、なぜ、神使いのこのワタシの配下がこんなにあっさり、倒されるのよおぉぉ!』
疑問の声を張り上げていた。
『神使い? はっ! お前、その弱さで一丁前に天使のつもりかよ?』
『ワ、ワタシの主は此度、神の階段を上ったのぉ。この世界を呪いつくせば神格を得られ、晴れて神となるわぁっ! ワタシは主が産み落とした三つの呪いの一つ! お前のような世俗な下等な魔物ごときが、このワタシを弱いとほざくかっ!?』
無礼千万の態度と台詞に激高するが、三面の鬼は左の小指で耳を穿ると、
『はっ! 神の階段を上ったぁ? 馬鹿馬鹿しい! 神格の有無? 闘争ってのはなぁ、そんなどうでもいガラクタなどに左右などされねぇんだよっ!』
鼻で笑うと小馬鹿にしたようにそう吐き捨てる。
『神格をガラクタですてぇっ! 我らが王の渇望を、貴様は今ガラクタと言ったのかっ!』
神への道は我らが王の唯一といってもよい願望。そう簡単に叶えられるものでは断じてない。だが、一度神へと至ればヒズミ達眷属は神の使いとして超常の力を得られる。この鬼は魔物の分際で身の程もわきまえず、その頂をガラクタと言い放ったのだ。そんなことが許されるものか!
『ああ、ガラクタだ。神格を持たぬ強者を俺はうんざりするくらい見てきた』
『戯言をっ! なら何が強さだというのよぉ!?』
『さあな、それは俺の方が知りてぇさ』
もういい。こんな頭のおかしな奴に関わっていられるか。一度退却して王に報告するのが先決だ。
背後に後退ろうとするが、三面の鬼の姿が消えてなくなり、
『おい、どこに行くつもりだぁ?』
直後背後から聞こえる声。恐る恐る振り返ると、目と鼻の先で三面の鬼が佇んでいた。
『うひぃ!』
思わず地面に尻もちをつく。
『反応すらできねぇか……お前、とことんまで雑魚だな。俺もお前なんぞに構っているほど我慢強くねぇんだ』
やる気なく三面の鬼はそう呟くと、大剣を上に構える。突如、その大剣に尋常ではない禍々しい赤色の魔力が集まっていく。その魔力の熱により、地面はグツグツと溶解してヒズミの全身の皮膚が焼けこげる。
『ぐぎゃああぁぁぁぁーーーッ!』
絶叫を上げて背を見せて一心不乱に逃亡を図るヒズミに三面の鬼の大剣がゆっくりと振り下ろされる。
『へけっ?』
視界がゆっくりと二つに割れていく。直後、周囲に光りが迸り、この世から細胞一つ残さずヒズミの肉体は蒸発してしまう。
三面の鬼神、アスラの眼前の大地には底が見えぬほどの亀裂を冷めた目で眺めながら、
『準備運動にすらなりやしねぇ。やっぱり、俺が屋敷の中にいればよかったぜ』
大きな溜息を吐きつつそう独り言ちると、
『カイ様、必ずあんたの期待に応えてみせるっ!』
大剣を天に掲げて咆哮をしたのだった。
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