第21話  断罪すべし!

『お前、誰ですぅ?』

 金棒を担ぐ筋骨隆々の鬼にカーネルは目を細めて尋ねながら、毛むくじゃらで大きな右手を挙げる。途端、真っ赤な床から頭部が大きな黒色の怪物が次々に這い出でてくるとマッチョな鬼を取り囲む。

 小型とはいえ、十数体の顔が巨大な怪物に完全包囲されているのだ。多勢に無勢もいいところだし、普通に考えれば分がすこぶる悪いと言えるだろう。なのに、マッチョな鬼はそんな怪物どもなど意にも介したようすもなく、

『儂かぁ? 本来ならば貴様ごとき虫けら風情に一々名乗りを上げたりせぬのだが、今宵は至高の御方から直々に我らへ命を頂いて、儂はすこぶる機嫌がよい!

 特別に答えちゃるわい!』

 仁王立ちで尊大に大声を張り上げる。

『この私がムシケラだとぉぉぉっ!』

 怒髪冠を衝く状態となったカーネルなど意にも返さず、全身ムキムキの鬼は両手で金棒を軽々と振り回すと、その先を今も怒り狂うカーネルへ向けて、

『儂の名は前鬼! 鬼神王アスラ様の第一の家臣にして、我らの絶対的価値基準たる至上の御方おんかたの意思を執行するものなりぃッーーーー!』

 耳を弄するような大声で名乗りを上げる。刹那、爆風が巻き上がって前鬼を取り囲んでいたカーネルの配下らしき怪物どもは四方八方に破裂して臓物を辺り一面にまき散らす。同時にカーネルの身体は落ち葉のように吹き飛び、壁に叩きつけられてしまっていた。

 カーネルがよろめきながらも起き上がり、

『……』

 床にぶちまけられた部下たちの臓物をはっきりと視認する。次いで前鬼と目が合うと、ビクンッと全身を痙攣させて滝のような汗を流し始めた。

 無理もない。前鬼がしたのは攻撃でもなんでもないただの名乗りの咆哮。たったそれだけで、あれだけいたカーネルの部下は粉々の肉片となってしまったのだから。

『あとはお前だけじゃぞ?』

『わ、私は脅され――』

『貴様、くれぐれも命乞いとか腑抜けたことを抜かすなよっ! 貴様は仮にも我らの至高の御方の怒りに触れたのだからなぁっ!』

『至高の……御方?』

『そうじゃ! 我らが信じる唯一無二の御方じゃ! 貴様の罪はあの御方を不快にさせた事っ! それはこの世における最大の罪! 貴様ごときでは到底償える罪ではないのだっ!』

 目が完璧に据わっている。前鬼は本気だ。本気でこんな狂いに狂い切った狂言を己の信念として実行しようとしている。

『や、やめて……』

『生かさず殺さず、存分に痛めつけた後、この儂のとっておきの鬼術で地獄の旅へと送ってやろうぞっ!』

 後退るカーネルに、前鬼はもはや答えすらせずに金棒片手に迫っていく。

『く、く、く、来るなぁーーーーーっ!』

前鬼の全身からは紅の闘気が発生し渦を為していた。

『断罪すべし! 断罪すべし! 断罪すべし! 断罪すべし! 断罪すべし! 断罪すべし!』

 悪鬼そのものの外見となって前鬼はブツブツと呪文のように繰り返しながら、カーネルへと近づき、金棒を振り上げる。

『ああぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!』

それはきっとカーネルにとって最後の平穏なりしひと時に違いなかった。

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