第19話 呪いの王
――屋敷の地下二階。
何もない伽藍洞の石室の中心にある祭壇。そこの頂点の台には一体の髪が長い女の人形が静置されていた。
カーネルがおかっぱ頭の少年をその下の段の台へと乗せると、
『我らが呪いの王よ! 今宵は我が王の
顔の前で両手をくんで、歓喜の籠った報告をする。
――それは?
頭の中に響く無機質な女の声に、
『これの魂は他者の進化を促します! その魂を取り込めば我が王は至上の存在に生まれ変わるのですぅっ!』
室内を震わせる大声を上げるカーネル。
――生まれ変わり……。
女の人形の髪が伸びておかっぱ少年を包んでいく。
人形はビクッと何度も痙攣し、次第にその全身が真っ赤に染まっていく。ドロリッと人形の身体は溶解してその紅の泥が人の形を為して行く。瞬く間に血のような管が付いた紅のドレスを着た女の姿へと変える。その女の黒色の髪は床まで届くほど長く、その顔は真ん丸に大きくくりぬかれており、身体も無数の小さな穴が開いている。そして、そのくりぬかれた全身に空いた幾多もの穴から湧き出る黒色の靄が全身を覆っていた。
――杭が消えている?
呪いの王は暫し、茫然と己の全身を眺めて呟くが、耳障りな声でけたたましく笑い始める。
――遂に、妾は自由となったっ!
『おお、今こそ我らが呪いの王が――!』
歓喜の声を上げるカーネルに呪いの王は凄まじい速さで近づくと右の掌を伸ばす。
『ひげ? ぶぼばばばばばばっ!』
呪いの王が右手でカーネルの顔を鷲掴みにするとその全身が不自然な角度で折れ曲がり、グシャグシャに潰れ、遂には丸い肉片となる。その肉片を引き延ばすと、顔がやけに巨大で口が耳元まで裂けている黒ローブを着た怪物の姿となる。
『……』
無言で跪くカーネルだったものに、
――妾のため、この屋敷にいるものすべてに死を与えよ。
悪意たっぷりの命を出す。
カーネルだったものは、クネクネした奇妙な動きで部屋を出て行く。
――のろえ! ノロエ! 呪え!
――人、家畜、植物、魔物、あらゆるものを呪い、呪われ、この世を呪いの世界へと変えろ!
まるで歌うように、呪いの王が叫ぶと、屋敷が真っ赤に染まり、床、壁、天井に真っ赤な管が露出していく。
――息子、娘たちよ!
呪いの王の前に出現する三体の怪物たち。
一体は口の裂けた熊の縫いぐるみ。その裂けた大口は鋭い牙が生えており、その中には人の顔のようなものが存在している。
二体目が、身体中に顔が浮き出ており、本体の巨大な顔には一際大きな目と口が黒く抜けている長身中年の男。
三体目が、四つん這いになった状態で不自然に顔が捻じれている怪物。
一斉に気色悪いポージングをする。
――世界全てを呪い殺せ。
呪いの王の命により、三体の怪物たちも唸り声を上げつつ動き出す。
――呪いの王を自称する存在はこの時、己こそが世界に悪意と絶望をばら撒く存在と確信していた。
確かに、それは通常ならこの上なく正しかろう。なにせ、呪いの王の格は此度の進化により
しかし、偶然この屋敷に居合わせたのはこの世で最強の怪物。しかも、その怪物、よりにもよって元悪軍六大将の一柱と『麾下王』二柱に、この屋敷から虫一匹も逃がすなと命じてしまっている。
もはやこの時点で、呪いの王側の詰みは確定してしまった。当然だ。悪軍とはこの世を二分する超勢力の一つ。その悪の最高戦力が怪物の悪質極まりのない修行により、以前と比較にならぬほど強化されているのだから。
何より極めつけは、よりにもよってこの世の唯一の理不尽、カイ・ハイネマンが呪いの王の討伐について本気になってしまったこと。
そんなことをつゆとも知らぬ呪いの王は、このとき破滅の階段を上り始めたのである。
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