第18話 とびっきり強力な超越者

 黒髪の少年により殴られ続けて炎蛇公はボロボロ肉団子のような状態となり、遂には気を失ってしまう。

「根性なしめ!」

 黒髪の少年が不快そうに炎蛇公を放り投げるといつの間にかいたルチールの家族の二人鎧とメイドが駆け寄ると少年の前で両手を合わせて、

『カイ様、ありがとうございます!』

『心の底から感謝いたしますぜ!』

 拝みの姿勢をとる。それはとっくの昔に捨て去ったはずの神への祈りをルチールに想起させた。

『お兄ちゃん、ルチール様とグリルを助けてくれてありがとう!』

 ディンが黒髪の少年、カイに抱きついて笑顔で感謝の言葉を述べる。

「こ、この方は?」

状況についていけないルチールが尋ねると、

『お嬢様、カイ様がこの屋敷の怪物も倒して俺たちを縛っているこの呪いから解放してくれるってよ!』

『ええ、カイ様はすごい御方ですわッ! 必ずお嬢様をあのネクラ野郎から解放していただけますぅ!』

 二人は感極まった表情で絶賛する。

カイは心の底から疲れたような溜息を吐くと、

「この二人は何か大きな思い違いをしているから、気にしなくていい」

 ルチールに左手を上げると、空中から本のようなものを取り出して、ページを開く。煙のように出現する数匹のスライムたち。

「お前たち、この部屋の者たちを全て癒せ。そこでのびている雑魚火トカゲは――そうだな、少し使い道を考えているから、そいつもついでに癒しておけ」 

 スライムたちは嬉しそうにカイの周囲をグルグル飛び跳ねていたが、ルチールを包み込む。瞬きをする間もなく消失する痛み。

「う、嘘?」

 唖然としているルチールを尻目にスライムたちは怪我をした者たちを包み込み、傷一つない状態へ変えていくと姿を消す。

 カイはスライムたちに癒されてぼんやりしている炎蛇公の前までいくと、

「おい、火トカゲ!」

 声を張り上げる。

『は、はいぃぃッ!』

 ビシッとお座りして姿勢を正す炎蛇公に、カイは親指をルチール達に向けると、

「今後、全身全霊をかけて彼女たちを守れ! それがお前を生かす条件だ! そうだな、お前のような雑魚でも保険は必要か……ギリメカラ! そいつを教育してやれ! ひねくれた根性を徹底的にな!」

『御意ぃ!』

 天から野太い声。炎蛇公は突如生じた黒色の霧に包まれるとその姿を消失させる。

「さてと……」

 カイはルチールたちに振り返ると、

「あとは私の配下がお前たちを守る。退避して――」

 そう指示を出しかけた刹那、館が黒色に波打ち、真っ赤な管のようなものが露出されて脈を打ち始める。それはまるで館全体が巨大な生物の臓物の中にいるかのよう。

「始まったか」

 背中の鞘から長い長剣を抜き放つと歩き始める。

『あ……』

 生まれてから一度たりとも感じた事のない圧倒的なプレッシャーとその狂喜に染まったカイの姿にルチールは思わず息を飲む。そして、本能的に実に素直に理解した。ルチールたちをずっと縛ってきた呪いの王が一体、何を本気にさせたのかを。

「さあ、行くぞ。ここからは私のターンだ。呪いの王とやらよ。全身全霊をもって向かってこい。もし、お前との闘争の中に少しでも意義を見出せたなら、スパッと滅ぼしてやる」

 そう独り言ちるとカイは悪質極まりない黒と赤の闘気を全身にユラユラと纏わせながら、部屋を出て行く。

『ルチール様?』

 瀕死の重傷から脱したグリルが戸惑いがちに尋ねてくるので、

『もう大丈夫です。あの御方の仰ったように避難していましょう』

『し、しかし、相手はあの怪物だぜっ⁉』

 自信に満ちたルチールの言葉に、異議を唱えるグリルに首を大きく左右にふる。

『私たちを縛っていた呪いは、今宵限りで滅びます』

 そして噛みしめるようにはっきりと断言した。

『なぜ、そう言い切れるんだっ⁉』

『それは蛙が大海に挑んで勝てぬことと同じ理屈です。もはや全ての次元が違いすぎる』

 そうだ。あの御方は十中八九、超越者。しかもとびっきり強力な。館の呪いも所詮、現世の存在。人ごときの魂を喰らった程度で世界の法則を支配しているような存在に勝てるものか。

『大海? 蛙? 俺には意味がさっぱりなんだが……』

『すぐにわかりますよ』

 多分、嫌というほどに思い知ることになる。

『ではご指示通り、私たちも行きましょう』

 ルチールたちは見届けばならないから。ルチールたちを長きにわたって縛っていた悪の完膚なきまでの消滅を!


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