第140話 さよなら。強すぎる化け物さん アンラ

 アンラの周囲に出た無数の黒と白の光球が生じ、それらが片眼鏡の女アスタへと向かうが、それらはアスタの周囲に生じた同じ黒と白の球体にあっさり相殺される。


『なッ!?』


 あれはアンラが旧六天神から奪った奴の最大の術。あの光の球体に少しでも触れれば分子レベルで崩壊していくという、そんな強力無比なもの。奴が旧六天神の術を何らかの方法で伝授した可能性はない。なぜなら、実際に先ほどの術のオリジナルは右腕に纏わせて放つ性質のもの。間違っても、球体にして全方位的に攻撃するようなものではない。これは、アンラの【爆食爆変】により、己の能力へと変換して最適化して今の形に落ち着いたのである。

 それを奴が使える道理がない。

 しかし、現に奴はこの力を――。


「よそ見をしている暇など与えないのである」


 突如、アンラの地面に出現する真っ白な目と口。それらが突如盛り上がり、アンラを飲み込もうとする。


『くっ!』


 それらを咄嗟に背後に跳躍して避けようとするが、着地した地面にも白色の目と鼻と口が出現してアンラを呑み込まんとする。


『この僕を舐めるなよっ!』


 灼熱の炎の猿が背後の白色の顔を含めた大地を焼き尽くす。これも、過去にアンラが打倒した猿神から奪った炎系最高の奇跡。使いやすさはもちろん、威力も炎を司る中でも最高峰。

 しかし――。

 背後の蒸発した大地から炎の猿、十数匹が飛び出すと、アンラに殴りかかってくる。


『うおっ!?』


 両手で印を結び、急遽結界を張る。炎の猿どもは一斉に結界を殴りつけてくる。

 

 ――ミシリッ!


 亀裂が走る結界。


『だから、この僕を侮るなと言っているだろうっ!』


 結界から出現した触手にも似た腕が炎猿どもを掴んで握りつぶす。


「別に侮ってなどいないのである」

『――ッ⁉』


 その言葉を契機に奴の姿が掻き消えると同時に、すぐ背後に現れる気配。


『ちっ!』


 前方に転がって身体を捻って奴に右の掌を向けつつ、アンラの保有する最大の呪いを発動する。

 アスタの周囲を包囲するように出現するルーン。それらは幾多の黒色の円盤を形成していく。そしてその円盤からゆっくり浮かび上がっていく怪物の顔。それらはアスタに向けて大口を開ける。

 この『禍呪』の呪いをほんの僅かでも浴びたものは、その呪いにより全身がドロドロに溶解してしまう。アンラが知る上で何人も抗うことすらできぬこの世でも五指に入る呪い。

 アスタは右腕を上げて指をパチンと鳴らす。

 刹那――。


『はぁ?』


 アンラの口から素っ頓狂な声がもれる。空中に無数に出現した円盤から生えた顔の大口により、『禍呪』の呪いは残さず食われ尽くされてしまっていたのだ。

 さらに、アンラに一斉襲い掛かる円盤から生える顔どもは、周囲に張る結界に食いつき、虫食い状に食い破る。


(僕の最大の守りだってのにっ!)


 六天神の奥義すらビクともしない結界をあっさり失ってしまった。でも、これで決まりだ。奴はアンラの【爆食爆変】と似たような能力を有している。もっとも、それは性質が似ているというだけで、使いやすさや強度は全く別次元だ。

 第一、アンラの【爆食爆変】は一度魂の情報を取り込む必要があるのに対し、奴はおよそ一度目にしただけで再現している。しかも、いくつかのあり得ぬ改良を加えてだ。

 そもそも、アンラの能力である『炎猿』には生命を吹き込んだりすることはできないし、『禍呪』にも結界を食い破るような効果はない。そんなふざけた能力を付与できるなら、端から世話はないのだ。

 おまけに、アスタがさっき発動した白色の顔を出現させる術は、過去に一度みたことがある。最強の中将とも言われたドレカヴァクの十八番の術だ。あれはドレカヴァクの本質に根差した術。本来、それを奴が使用できる道理はないはずなのだ。つまり、事実上、奴に作れぬ術はないということ。


(ははっ! 笑えるくらい理不尽な力だ)


 アンラの保有する能力はきっと奴に全てコピーされてしまう。しかも、より強力に改変されてだ。これでこの女に勝てると思うほど、アンラはおめでたくはない。まず、アンラはこの戦いに負けるのだろう。というか、この女に勝利するイメージが微塵もわかない。


(それも仕方ないのかもね……)


 きっと、これは強さに溺れたつけだ。六大将まで上り詰めてこの世に敵がいなくなり、最も大切なものを過去に置き忘れてしまっていたんだと思う。こんなバケモノどもに攻め込まれたら、過去のアンラなら、危機を察知してとっくの昔にこの戦場から離脱していたことだろう。いや、それをいうなら、配下の中でも最も潜在能力のあったアジ・ダカーハが敗北した時点で、何らかのリアクションを起こしていたはずだ。

 おそらく、ここでアンラは滅びる。この女の背後にあの最強の怪物、カイ・ハイネマンがいるのだし、それはほぼ確定事項だ。それはもう受け入れた。だが、己が何と戦い、何に負けるのかだけははっきりさせておきたかった。


『お前、過去に僕と会ったことがないかい?』


 カイ・ハイネマンという真正の怪物はこれっぽっちも心当たりはないが、この女だけはどこかで会ったことある。そんな気がしてならなかったんだ。


「吾輩はアスタロス。過去に我がともともに理想のために戦い敗れた負け犬である」

『アスタロス……そうか、お前だったか。どうりで妙な既視感があるはずだ』


 男のような外見をしていたから、今の今まで思い出せなかったが、そうか、あいつ・・・の側近の一人か。確かにあの戦でこの女は見たことがある。


(あの戦の敗者か。実に皮肉だね)


 あの地獄のような戦でアンラは頭角を現し、悪軍の中で出世の道をひた走ってきた。あの戦の勝者のアンラがあの戦の敗者により此度、敗れる。ある意味、この世の世代交代というやつなのかもしれない。

 結局最後のあいつの言葉通りになってしまったってわけか……でもそれもいいのかもしれないな。


『アスタロス、そのふざけた強さの源はあの化け物が原因か?』

 

 ある意味聞くまでもないことかもしれない。だってあの戦でこいつがこんな力を有していたら、今こうしてアンラは大将の地位にはいないはずだから。


「この力はマスターの眷属となり、吾輩が得た能力である」


 やはりな。あの女は確かに強かったが、決して今のアンラに比肩するものではなかった。それをここまでの怪物に変貌させる。カイ・ハイネマン、こいつの存在は悪と天の戦いにおいて、全くのイレギュラー。それを今はっきりと確信した。ならばこそ、はっきりさせねばならぬことがある。


『カイ・ハイネマン。あんたに一つ尋ねたいことがある』


 アンラの台詞にカイ・ハイネマンは初めて不敵な笑みを消すと、


「何だ?」


 そう問いかけてくる。


『この世には陰と陽がある。それらはバランスを正しく保たねばならぬものなんだ。此度あんたの出現でそのバランスは大きく陽に傾く。あんたは、欠けた悪を担うことができるのか?』


 そんなアンラにとっての最大の呪いの言葉を尋ねる。


「陰? 陽? そんなの知らんよ。私はやりたいようにやるだけだ」

『やりたいように……やるだけ? あんたは我らが悪軍だから滅ぼしにかかったのではないのか?』


 カイ・ハイネマンによるまさかの答えに、思わず聞き返していた。


「あーあ、アスタたちがいう悪軍だの天軍だのとかいう組織のことか。私の部下にそんな妄想が流行っているようだし、節度を守っている限りは妄想妄言大いに結構。だが、此度のように私の周りを鬱陶しくブンブン飛び回るなら、誰だろうと欠片も残さず砕く。そう。徹底的にかつ念入りにな」


 そんな狂いに狂い切った発言をする。


『……あんた、もしかして、悪軍がどういう存在かわかってすらいないのか?』

「うん? 自ら悪だと自称して悦に浸っているイタイ連中だろ?」

『自ら悪だと自称しているか……くはっ!』


 笑えてくる。この怪物からしたら、この世の恐怖の象徴たる悪軍も妄想癖のある哀れな生き物に過ぎないようだ。こいつにとっては悪も善もない。自らの快と不快、それのみが全ての指針であり、今後もそれに基づき行動するのだろう。


『あんたのような真正のイカレきった化物に、世の中の摂理を解いた僕がバカだった。でも、きっと、あんたはそれでいいんだろうさ』


 カイ・ハイネマンに向き直って、


『僕の同僚であるアスラの奴に、伝言を頼めるかい?』


 生まれて初めての懇願の台詞を吐く。


「未熟者同士ではあったが、お前たちの闘争は中々楽しめたし、そのくらいなら別に構わんぞ」

『アスラ、きっと、単細胞のお前の悦びは悪にはないよ。ヴァルハラで待っている。精々、この世の地獄を見てくるんだね。そして最後にまた――いやガラにもないね。やめておこう』


 アンラは仮にも六大将の一柱だ。配下に敗れるなどしまらない。どうせなら、この世の最強の怪物に挑んで盛大に散りたいものだ。

 重心を低くし、今の己の最大の攻撃手段である両腕を一つの槍に変化させてカイ・ハイネマンにその先を向ける。


『僕は六大将、アンラ・マンユ、カイ・ハイネマン! 尋常に勝負を求めるッ!』


 そして、名乗りを上げる。


「……今のお前の目は腐っちゃいないか。アスタ、すまないが、いいか?」


 カイ・ハイネマンはアスタロスに承諾を求めると、


「マスターの好きになさいませ」


 胸に手を当てて、一礼するとアンラから距離をとる。


「こい、私が引導を渡してやる」


 カイ・ハイネマンは長刀を背中から抜き放つと、上段に構える。


(そうだ! 一度だけもてばいい! この一撃に全てを賭けてやる!)


 世界との契約で一度限りの両足の最速の行使を約する。両腕の槍先を奴の中心に向けて、崩壊の能力、炎猿、ありったけの攻撃系の能力を付与する。


『ごああああああっ!』


そして、獣のような声とともに、大地を蹴り上げてカイ・ハイネマンに向けて走り出す。


「真戒流剣術、しちノ型――世壊」


 カイ・ハイネマンの言霊が響き渡り、奴へと到達する目と鼻の先でアンラの全身はいくつかのブロックに分断されて、細かな粒子となって崩壊していく。


『やっぱり、ダメだったか。かすり傷でもつけられれば儲けものだったんだけどね』

「いや、今のお前の最後の攻撃だけは中々よかったぞ」

『なぜだろうね。あんたのその世辞が、とっても、とっても嬉しく感じているよ』

「そうかい。別に世辞を言ったつもりはないんだがね」


 そうだな。己の全てを絞りつくした、よい闘争だった。

 さーて、ヴァルハラで配下たちが待っている。逝くとしよう。

 カイ・ハイネマンに今も崩壊しかかっている右腕を上げると、


『さよなら。強すぎる化け物さん』


 最後の最後で己を取り戻させてくれた怪物に別れの言葉を告げる。

その台詞を最後にアンラの意識は真っ白に染め上げられていく。



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