第114話 クロノバッタ マルファス

『戦況はどうなっているッ⁉』


 後方で悪兵師団の総指揮を任されているマルファス大佐は、怒鳴り声をあげて戦いの状況の報告を求めるが側近たちは皆顔を見わせるだけで誰も答えようとしない。現在、悪兵師団はバッタ男と混戦状態にあり、定時連絡が途絶えてしまっているのだ。

 もちろん、この悪兵師団があんなバッタ風情どもに劣勢だとは夢にも思わない。バッタ男の数は数千ほどいたが、この悪兵師団はその倍以上いたのだ。数で大きく上回っている上に、質的にも悪兵は天軍と二分する二大勢力の一つである悪軍の列記とした一員だ。悪軍に配属されることはある意味悪の誉であり、強さの証明。こんな貧弱な世界の魔物風情など例え何百万いようが、悪兵一柱ひとりにすら及ばない。

 それが当初、局所的とはいえあのバッタ男どもに多大な損害を与えられてしまう。これは悪兵師団としては、最大の汚点。しかも、しかもだ。現在、定時連絡すらもできぬほどの混乱状態にあるのだ。これを大将閣下に知られれば、マルファスは良くて降格。最悪、処刑されることさえもあり得る。


『失態だ! これは失態だぞっ!』

 

 近くの椅子を力いっぱい蹴り上げると、テントの入口に控えていた守衛の一柱ひとりにぶち当たり、その首があらぬ方向に曲がって倒れ込む。そんな守衛を一瞥すらせずに、席に座ってテーブルに置かれた酒を飲み干したとき、何やら外が騒がしくなる。

 外の守衛がテントに入ってくると敬礼して、


「マルファス大佐、至急、ザコザ中尉がこの騒乱につき意見具申したき儀があると求めおりますが、どういたしましょう?」


 そんな聞くまでもないことを尋ねてくる。


「中尉ごときが、我らが軍令部の指揮に出しゃばるではないわ!」


 悪兵師団軍令部は、悪兵師団の頭脳であり、左官以上で構成されている。中尉の取るに足らん意見など聞くにすら値しない。


「ハ、ハハッ! すぐに追い返します!」


 マルファスにとばっちりで殺されてはかなわないと、守衛は姿勢を正すとテントの外へと逃げるように飛び出していく。


「おい、貴様!」

 

 外から守衛の怒鳴り声が聞こえた途端、テントの中に筋骨隆々の二本角の悪魔が転がり込んでくると片膝を付き、


「マルファス大佐に申し上げます。バッタの軍により、既に悪兵師団は壊滅的危機にあります。直ちに退却して部隊を再編制して態勢を整えつつも、大将閣下の参戦を進言いたします」


 そんな見当にすら値しない戯言を叫ぶ。


「この悪兵師団が壊滅寸前だとぉ? 不愉快なことをいうな!」

 

 偽りをもっともらしく述べるザコザ中尉に怒鳴り声をあげて威圧するも怯みもせずに、


「現実はもっと不愉快です! バッタの軍により、このままでは悪兵師団は下手をすれば全滅です! 今が態勢を立て直す最後の好機なのです!」


 声を張り上げる。


「我が悪兵師団は誇り高き悪の先兵! たかがこんな世界のゴミどもに撤退など、そんな汚辱許せるものかっ!」


 あんなバッタ風情に無様に退却して、あげくの果てに大将閣下に助けて欲しいと懇願する? そんな提案などしてみろ! オセ中将閣下にマルファスはその場で処罰されてしまう。あの御方なら間違いなくそうする。


「そういう次元の問題ではありませぬ! 今すぐ動かなければ、手遅れになります!」

 

 なおもくらいつくザコザ中尉に怒りが頂点に達して、


「もういい、その無礼ものを殺せ!」


 側近に命を下す。ザコザはさして動揺した風もなく、大きく息を吐き出すと、


「自分はそれでかまいません! その代わり、直ちに退却を! でなければ――」

「不快な口を閉じよ!」


 腰の長剣を抜くと踏み込み、何かを叫ぼうとするザコザの首を刎ねる。

 直後、まさに瞬きした瞬間、頭部を失って地面に倒れ込むザコザの傍には一匹の黒色のバッタ男が忽然と佇んでいたのだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る