第110話 決着と頂上決戦の狼煙

 端から勝敗はついていた。アルデバランは今の僕には勝てない。だから、これはある意味わかりきった答え。


「負けたんだねぇ……」


 上半身だけとなり燃え上がりながら、アルデバランは呟く。その顔はまるでつきものでも落ちたように穏やかだった。


「僕の勝ちだ」

「僕は……強かったかい?」

「ああ、強かったさ」


 アルデバランには幾度も、幾度も地獄のどん底に陥れられた。その強さはある意味、僕自身が一番よく知っている。


「そうか……なぜだろうねぇ。君のようなただの人間の言葉なはずなのに、少しだけ、今、いい気分だねぇ……」


 全身が燃え尽きる中、虚空を見つめながら


「そうだった。僕はだから、あのとき強さを求めたんだ……」


 満足そうに右手を伸ばして塵と化す。

 

 アルデバランの配下の魔族たちは塵と化したあるじに姿勢を正すと、


「我が君よ! 今こそお傍に!」


 右手を胸にあて深く一礼すると剣を一斉に抜き放つ。そして、アルデバランの側近の一人アラドが僕に向き直ると、僕に深く一礼し、同時にそれに倣い一斉に頭を深く下げる魔族たち。


「人間、いや、ギルバート・ロト・アメリア、いざ、尋常に勝負ッ!」


 鬨の声を上げて一斉に向かってくる魔族たちに向けて僕は模倣により、先ほど確認したテトルを模倣する。

 そして、白炎をフレイムに纏わせると上段に構えて、渾身の力で振り下ろす。

 巨大な白炎が視界一杯に広がり、大地ごと魔族たちを一瞬で欠片も残さず消滅させてしまう。

 

「見事だ」


 拍手の音に振り返ると背後には僕のあるじたるカイ様が不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。

 咄嗟に跪く僕ら三人にカイ様は右手を挙げて不要とジェスチャーし、


「お前たち、よくやった。とくにギル、最も未熟ではあったが、お前の最後の闘争、中々魂を揺さぶられたぞ」


 弾むような口調でカイ様は労いの言葉をかけてくる。


「ありがたき……幸せ」


 声が震える。なぜだろう。それが今までかけられたどんな賞賛の言葉よりも嬉しく感じていた。


「お前たちの覚悟は見せてもらった。次は私の番だな」


 カイ様は背中から長い刀身の異国の剣を抜き放つと、ゆっくりと北側を向いて自らそう宣言する。

 次の瞬間、地面が破裂してカイ様の姿は跡形もなく消失する。

 刹那、景色が歪み、僕らはキャット・ニャー広場にいた。


「ギル!」


 赤髪のケモミミ少女が僕に気づくやいなや勢いよくかけてくると、ジャンピング抱きつきをかましてくる。


「皆、僕の戦いは終わったよ」


 傍にはキージ、そして、チャト、ブー、ターマ、サイクロン、クロコダス、オルゴたち全員が揃い踏みをしていた。


「ああ、わかってる」


 キージが大きく頷くと、広場から一斉に歓声が上がり、僕に抱き着いてきた。

 もみくちゃになり、ようやく落ち着いたとき、


「ギル、今の貴方のその姿を見たら、陛下はなんというでしょうね?」


 姉上が悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、問を投げかけてくる。


「まあ、間違いなく卒倒するだろうな」


 右手の槍を地面に突き刺すとソムニは両腕を首の後ろに回して、ぼんやりと感想を述べると、


「いえ、クズから多少脱皮したと泣いてお喜びになるとおもいます」


 テトルが姉上の疑問に馬鹿真面目に返答した。


「さあ、どうかな。一度は王都に顔は見せるさ。どのみち、この魔物の国の建国を宣言しなければならないしさ」


 途端に姉上の顔から笑みが消え、


「ギル、さっきの話、本気だったんですか?」


 躊躇いがちに尋ねてくる。


「もちろん、一度カイ様の前で口にしたからね。曲げはしないよ」


 僕のこの宣言に、


「そうなるだろうな」

「当然です!」


 テトルとソムニが大きく頷き肯定する。


「流石に魔物の国の建国などアメリア王国政府が認めるわけがありませんよ?」

 

 やっぱり姉上の勘違いは治らずか。ま、そのうちご自身の立ち位置とこの王選の趣旨にも気づくだろうさ。それまで黙っておくことにしよう。その方が何より面白そうだ。


「本気ですか……わかりました。私も腹をくくります」


 姉上はまるで運命にも取り組むような表情で両拳を固く握る。


「無駄話もそれまで」


 白髪の老紳士が悪質な笑みを浮かべながらも、僕らにそう促すと黒服を着た中性の女性に頭を軽く下げると、


「アスタ様、私もただいまから戦場へと向かいます!」


 そう言い残し、煙のように姿を消す。

彼は既知の仲。父上の妹フェリスの執事、ルーカス・ギージドアだ。叔母上にもあとで謝らねばならないな。そんなことをぼんやりと考えていると、


「そろそろ始まるのである」

 

 黒服の女性アスタは今も広場の中心に今も映し出されている映像を見上げながら、緊張感のない声で宣言する。

 

「あ、あれって悪軍中将オセッ⁉」


 ラミが遠方に映し出される豹の顔の頭部をもつ軍服を着た男を指さして叫ぶ。その背後には優に数万は超える軍服の軍勢。

 対して、それと相対するように黒色の靄が生じて次々に先ほどこの広場にいたカイ様の配下の超越者たちが姿を現す。

 次いでその前方に奇妙な衣服を身に着けた数千のバッタ男たちが出現して隊列を組む。その先頭には金色の鎧姿の獅子顔の怪物が威風堂々と佇んでいた。

 それは僕が初めて見るこの世の頂点同士の決戦であったのだ。

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