第107話 あり得ない…… ラミエル

 そこは魔物都市キャット・ニャーの中央広場。そこの上空に映し出される映像に、皆食い入るように見入ってしまっていた。それは無理もない。だって、今映し出されているのは到底あり得ない風景なのだから。


「ありえない……」


 ラミエルはカラカラに乾いた喉でどうにかその言葉を絞り出す。

 あの肌の泡立つ感じ。あれらは悪軍。その中でも有数の実力を有する将校クラス。しかも、悪軍中将、フォルネウス指揮下の将校と言えば限られている。十中八九、あれらはフグオとウロコーヌだろう。

 ウロコーヌとフグオは先の大戦ゲームでフォルネウスの指揮のもと、幾多もの天軍神兵を殺戮した存在。その恐怖はラミエルたち一介の天使にも伝わっている。

 少なくともこの世界の生物には抗える存在ではないはず。それが、人間を自称する者たちに屠られてしまった。

 これが僅差での勝利ならまだ理解できる。だが、そうじゃない。いずれも危なげなく打倒している。いや、テトルとフグオの戦闘はそれ以前に戦いにすらならなかった。

 テトルは自身をラミエルと同じアレスの命を受けた天使と名乗っている。でも、それはあり得ない。彼が今踏みつぶしたのは、悪軍中佐。悪軍は天軍にしか倒せない。それが絶対の真理。少なくとも、あのフグオは強度だけならアレス様すらも超える圧倒的強者だとみてよい。それをあそこまで一方的に屠っている以上、彼は既に神格を得ている神。天使であるはずがない。だとすれば、彼は何者?


「ほう、未熟なりに中々やるではないか」


 一柱ひとり、戦神の長、カイ・ハイネマンが満足そうに頷く。その陽気で緊張感が皆無の様子から言って敗北はあり得ない。そう考えていたのかもしれない。

 まあ、今のテトルの戦闘を一目見れば、それ以外の結果になるわけもないわけだが。


「いやいやいや、どう考えてもありゃぁ、おかしいだろっ!」


 野性的な風貌の男が、血相を変えてラミエルも覚えていた指摘をすると、


「同感である。あれはもはや人とは呼べぬのである」


 となりの紳士風の風貌の女、アスタも同意する。


「そうですッ! 弟、ギルは人間です。そのギルが魔王アルデバランを圧倒する!? こんなバカげたことがあり得ますかっ! カイ、貴方、ギルに何をしたのですっ⁉」


 また聖女ローゼがまさに鬼気迫る形相でそんな頓珍漢な台詞を吐き、カイ・ハイネマンに詰め寄るが、


「ローゼ様、ザックが言ったのはギルバート殿下のことではありませんよ」


 白髪の老紳士が難しい顔で当たり前の事実を指摘する。

 そうだ。今更あんな魔王のことなどどうでもいい。いや、実のところ今のアルデバランの動きがラミエルには目ですら負えていないのだ。既に今のラミエルより強いのは間違いない事実。本来なら十分驚愕に値することだが、それ以上にあのテトルの戦闘は常軌を逸していた。


「ギルのことではない!? でもあれはアルデバラン! 四大魔王の一角ですよっ!」


 ローゼは今もアルデバランを生かさず殺さず、ギリギリのところで切り刻んでいるギルバートを指さして声を張り上げる。

 

「姫さん、悪いがもう話が一魔王がどうこうというレベルを超えちまってるんだ」


 野性的な風貌な男がローゼに諭すように真実を伝える。


「ま、史上最弱の魔王だからな。あの程度の羽虫同然の自力ではどのみち、近々ハンターあたりに排除されていたことだろうさ」


 カイ・ハイネマンの補足説明に、さらに混乱の極致に陥ったのだろう。ローゼは両手で頭を抱えて蹲りブツブツと呟き始めてしまった。


「マスターの発言は混乱の元。控えるのが吉である」

 

 アスタの適切な指摘に他の一同も大きく頷く。


「バッタマンと悪食を送ったんだし、一応師父もテトルたちの敗北も視野に入れていたんだろう?」

「うむ、鍛え方が中途半端だったからな。正直、よくてトントンだと思っていたさ」


 アスタが眉を寄せると、


「だから、マスターのいう中途半端は社会通念的にテトル達の現界突破である」


 意味ありげな視線を隣の獅子顔の神に向ける。


『特にテトルは御前ごぜんとの鍛錬以後、あの不可思議な能力に目覚めた。おまけに此度、図鑑に登録されたことで、おそらくテトルだけは我らの強さの強度では中層クラスの強度にまで至っている』


 獅子顔の神は噛みしめるようにそう宣言する。


「師父の配下での中層クラス……それってマジでヤバくね?」


 野性的な風貌な男の実感のこもった呟きに、


『むろん、中層といっても、限りなく下層に近く、我からすればとるに足らない強度だが当初のあ奴からすればあり得ない成長だ』


 どこか自慢げにそう報告する獅子顔の男に、アスタはうんざり気味に顔を顰めると、


「当然である。力のないお猿さんをあの悪質な住柱じゅうにんのレベルにまで無理矢理引き上げること自体、非常識を通りこして、ただの変態のなせる業である」


 しみじみと実感のこもった感想を述べる。


「私の見立てではバッタマンと奴らがいい勝負をするとみていたんだが、どうだ?」


 カイ・ハイネマンは顎に右手を当てながらアスタに尋ねる。


「本来の身体能力と特殊能力を踏まえれば純然たる力はあれらの方が本来上なのである。でも、バッタマンにはマスターのお力により、格闘時身体能力超向上がある上、八大元素無効化と複数状態異常無効化の能力が付与されており、奴らの攻撃の要である水、酸、毒は常に無力化されてしまう。つまり――」

「強化されたバッタマンをどつき合いで倒さなければならないってか? まあ、そりゃあ絶対に無理だわな。ただでさえバッタマンの体術の練度はイカレてるしよ」


 アスタの言葉を野性的な風貌の男が途中で遮り、うんざりしたように首を左右に振る。


「ふむ、だとすると、悪食までつけたのは少々過剰だったか?」

「芋虫と蟷螂かまきりの喧嘩に竜をけしかけるようなものである」


 アスタのよくわかりにくい返答にカイ・ハイネマンは肩を竦めると背負う長刀を抜き放つと今も観戦していた戦神たちをグルリと見渡し、


「ギルもそろそろ終わりそうだ。余興もすべて終了したことだし、私たちも動くとしよう」


陽気で軽い口調で語り掛ける。

 その言葉にアスタが姿勢を正して一礼すると、興味深そうに観戦していた戦神たちも再度カイ・ハイネマンに跪く。

 カイ・ハイネマンは耳元まで口端を大きく吊り上げて、


「開戦だ! 自重はいらぬ! 蹂躙し尽せ!」


 大号令を発する。

 

「「「「「ハッ!!」」」」」


 戦神たちはその命に即答すると、次々に広場から姿を消失させる。


(ここら辺が潮時ね)


 これ以上は百害あって一利なし。すぐにでも天上界のアレス様の元へ帰ってこの件を報告しなくてはならない。

 ラミエルが、後退ろうとしたとき、


「マスターの指示である。不憫だが、君にはこの下界に残ってもらうのである」


 いつの間にか背後に移動したアスタがラミエルの肩を掴みながら、悪夢に等しい指示を出してきたのである。

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