第101話 戦争と呼ぶには取るに足らぬ脅威

 ギルは私の出した全試練をクリアした。いくつか想定外な事はあったが、今はそれも最良の結果に終わったと思う。

 それにしても、さっきギルの口から出た魔物の国か。おそらく、建前上テトルを納得させるために咄嗟に出た言葉だったんだろう。

 今回の最終試練である二人の説得は、実のところ、難解だったのはソムニではなくテトル。

 別に試練直前にソムニが私に話した言葉や態度がすべて偽りだったとは思っちゃいないし、一応半分は本心も入っていたんだろう。それを踏まえてソムニはテトルにその決定を委ねていた。

 そして、テトルはあくまでギルの母との約束に基づき、奴を王にすることに拘った。途中からそれに気づいたギルが機転を利かしたってわけだ。

咄嗟とは言え、一度は自分で宣ったのだ。その発言には最後まで責任をもってもらうとしよう。

 うむうむ、魔物の国か、いいではないか。中々面白そうだ。


「カイ、貴方、今、とっても悪い顔をしていますよ」


 隣のローゼがうんざりした顔で尋ねてきた。


「そうかね? まあ、確かに機嫌がよいのは事実であるがね」


 ともかく、これで当面のマンパワーは確保できた。国だろうが領土だろうが、形式的にアメリア王国の傘下にあれば建前など大した問題ではない。アメリア王国政府には、領土の一つとなったと報告すればいいだけだしな。

 どうせ、ローゼの目的は連邦政府のような国造り。ならば、魔物の国という発想もさほど奇異ではあるまい。


「ところで、本当に弟たちは大丈夫なんでしょうか?」


 ローゼが今も地面に横になるギル、テトル、ソムニに目を落としながらそう問いかけてきた。


「ぶっ倒れた理由が不明だから確証までは持てないが、おそらく問題ないな」


 実際はさっき討伐図鑑からの通告からも明らかだ。どうも、ギルたちは私の所持する図鑑の住人に強制参加させられたらしい。

 この図鑑、遂に私の意思を無視して登録するようになってしまった。ま、原因はさておき、ギル達がぶっ倒れたのはその反動のようなもの、次期に目を覚ますと思われる。


「カイがそう言うならそうなんでしょうね……」


 心配に絶えない様子でため息を吐くローゼに、私は次に魔物たちに向き直る。

 それだけで、皆ビクッと顔を強張らせた。どうやら完璧に警戒されてしまっている。


「そう怯えるな。と、言っても無駄か。ならこれならどうだ?」


 私は右手の小指に装着している変幻自在の指輪を使って以前この都市を訪れていたコボルト族の青年、ルー・ガルーへと姿を変える。


「「「「「「ルーさん(ルーの旦那)っ!?」」」」」」」


 広場にいる魔物たち全員の言葉が見事にハモる。


「ま、元々既知の仲ってわけだが、改めて挨拶が必要かね?」

「いえ、なんとなくですがそんな気がしていました」

 

 キージは心底疲れきった表情で私にとって予想外の台詞を吐く。そういえば、私に最初に進言してきたのがキージだったな。


「バレないようにしていたつもりだったんだが、どこで気が付いたのかね?」

「確信があったわけじゃないんです。ギルのいう最強の存在が、どうしても貴方と重なって見えてしまっただけです」


 キージのこの返答に、


「実によい感性である。というより、この手の真正の怪物がこの世にそうポンポンいてはたまらないのである」


 背後に転移してきたアスタが私たちの会話に混ざってくる。


「だよなぁ。師父をよく知る俺たちからすりゃあ、姿がどんなになっても、間違いようがねぇし」


 同じく転移してきたザックがしみじみとそんな傍迷惑な感想を口にすると、


「せや、カイ様はこの世でただ一人の絶対王!」

「我らが信仰はただ一つ!」


 オボロとルーカスが次々に声を張り上げる。


『御方様。フォルネウス指揮下のアルデバランの進軍を確認しました。もう直ここまで到達いたします。どうなさいましょうか?』


 ギリメカラが私に伺いを立ててくる。


「フォ、フォルネウスッ⁉ あの悪軍中将フォルネウスなのッ⁉」


 白色の羽を背中から生やした赤髪の女の魔物が立ち上がり、声を張り上げる。

この女が例のギリメカラたちから報告のあったこの地への他勢力の侵入者ってところか。事情を多少知っているようだし、この状況に無関係ではないのだろう。少々不本意だが、当分はこの地からは出られぬようにするしかあるまい。

 それよりも、今はこの状況の対処だろうな。


「フォルネウスってのは、あのやけに尊大な魚頭の雑魚魔物だな。確かにこの都市の魔物では対処不可能だろうよ」


 一応、少し弱い程度には感じたから、魔物としてはかなりましな方だ。それでも、Aランクのハンターなら楽々単独対処可能な雑魚に過ぎない。


『流石は我らが至高の御方……』


 私の何気ない呟きに、眼から涙を流しながら両手を組んで祈り始めるギリメカラとその派閥のものたち。


『悪軍中将といえど、御方様にとっては羽虫同然ということか。おそろしや、おそろしや』


 竜たちの長、ラドーンが竜の頭を擦りながら、そんな意味不明な感想を述べると、他の討伐図鑑と愉快な仲間たちも似たような台詞を吐いて勝手に盛り上がってしまう。

 それにしても、こいつらかは繰り返し悪軍という言葉が口にされる。どうも奴らと因縁があるようだ。多分あのイージーダンジョンの関係者か何かなのだろうさ。

 ま、最弱のダンジョン同士で交流でもあったのかもしれん。ともかく、悪軍とは大層な名前ではあるが、この地に進行してきたフォルネウスとその部下についてはこの目で確認している。

 フォルネウスは『ただの弱い』、『少し弱い』、『とても弱い』、『話にならないくらい弱い』、『羽虫同然に弱い』という魔物に対する私の強さの基準の中では二番目にましな、『少し弱い』、とのみ判別できた。

 もっとも、あくまで『少し弱い』であり、弱いのには違いはない。要は雑魚だ。

 さらに驚くべきことに、あの魔王アルデバランはそれよりずっと以下。羽虫同然の強さにしか感じられなかった。

可能性の一つしては、奴は魔王の中では特別に貧弱な最弱の魔族であり、人間に駆逐される恐怖から異界の神とやらを呼び出そうとしたとか? もしくは、あれは魔王アルデバランを名乗るただの偽物ということも考えられるな。

いずれにせよ、人と戦うにはあれはあまりに弱すぎる。他者の力に頼らざるを得なかったんだと思う。まあ、実際に呼び出されたのが、あんな木っ端魔物どもなのには同情を禁じ得ないが、奴らがこの地でしたことを鑑みれば手心を加えるつもりは毛頭ない。


「さて、どうするかね」


 私がやってもいいが、それではあっさり終わってしまうしな。


『御方様、フォルネウスには我らも少々因縁があります。我らにお任せいただけませんでしょうか?』


 ギリメカラの突然の進言に、


「構わんぞ。好きにやれ」


 私は即座に許可を出す。


『ありがたき幸せ!』

 

 跪くギリメカラたちに、


『ゴラァ、ギリメカラ派ぁ! 抜け駆けすんじゃねぇ!』

『そうよ! あんたらだけ、褒めてもらおうだなんて、問屋が卸さないわっ!』


次々に非難の声が殺到する。


「心配するな。お前たちにも存分に働いてもらう」


そうだな。この程度の相手なら危なげもなく駆除できるだろうし、部下たちの戦闘訓練にはもってこいかもしれん。


『『『御意っ!』』』

「ただし、あの程度の木っ端魔物どもに負けることはもちろん、苦戦も許さん。圧倒的力で粉砕してやれ。あーと、最後のボスらしき二匹は念のため私が処理するから、手を出すなよ」


 私の命令に狂喜乱舞して討伐図鑑の戦闘狂どもは飛び跳ねる。


「師父、僕らにも戦闘に加わらせてください」


 その声に振り返ると、跪く三人――ギル、テトル、ソムニ。どうやら気が付いたらしいな。

 あくまで自己申告だが、ギルはあの木っ端魔族、アルデバランにすら土を付くほど未熟。相手になるとすれば、テトルとソムニだが。


「うーん、まだ私からは最低限の稽古しかつけていないが、大丈夫な感じか?」


 傍にいるネメアに確認をとる。なにせ、私は人族の強さの違いに疎い傾向があるからな。ネメアの判断に従った方が吉というものだ。


「マスターの最低限は世間一般の苦行である」


 アスタのそんなしょうもない根拠皆無のツッコミを無視してネメアに返答促すと、


『この半年、ぬるい鍛え方はしていないが故。加えて御前ごぜんのお力で力と技術も大幅に増している様子。悪軍中佐程度なら問題はありません』


 自信満々に肯定してくる。


「いいだろう。あの雑魚魔王とタイとフグ頭の魔物はお前たちに任せる」

「「「必ずや、ご期待に応えて見せます!」」」

 

 ギルの宣言に大きく頷き、


「さあ、これは戦争と呼ぶには取るに足らぬ脅威だが、どんな雑魚でも敵は敵。徹底的に蹂躙し尽せ!」


 私が両腕を広げて叫んだとき、地鳴りのような歓声がキャット・ニャー中に響き渡った。


 怪物の戯れにも似たこの掛け声で歴史は変わる。現界した至上最悪とも称された悪の軍隊は、無残に残酷にこの世から消える。これは、世界が初めてこの世で最も恐ろしい怪物の悪質性とその危険性を認識したまさに瞬間だったのかもしれない。

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