第100話 両腕の回帰

 最強の超越者、カイ様との対談が終わり、僕の前には懐かしくも因縁深い二人の男が佇んでいる。

 きっと、この二人に僕の過去を認めてもらう・・・・・・ことがカイ様の課した最後の難題。

 多分、さっきテトルへの態度を僕は誤ってしまった。だから、テトルはまだ僕を支持してくれていない。

 今ならわかる。テトルとソムニに僕の過去を謝罪しても意味などなかったんだ。だって、僕のしたことは彼らに対する最大級の裏切りであり、謝ったくらいで許されるものではなかったのだから。僕がしなければならないのは、心の内を全てさらけ出すことのみ。


「テトル、ソムニ、今の僕には守りたいものがある。僕に力を貸してほしい」

「どこの口がほざくんだッ! お前は自分ら・・を裏切った! 師父やデイモス様方が助けてくれなければ、あのとき自分ら・・は死んでいる!」


 案の定、ソムニは声を荒げて僕の全てを否定し、


「僕も同じ気持ちですよ。今更、殿下が反省しましたといくら口にしようとも、僕らを裏切った事実は消えない。いや、絶対に消させない! 例え尊敬する師父の望みだったとしてもそれだけはダメだ! 認められない!」


 テトルもソムニに賛同の意を表明する。

 二人の拒絶は当然だ。仮にも僕は二人を無能と決めつけ処分しようとした。いくら僕が過去を悔い改めますから、手を貸して欲しいなどと宣っても協力などしてもらえない。

 過去の僕を知っている二人を相手に、過去をいくら否定してみても信じてもらえるわけがない。


「勘違いしないでくれ。守りたいものができたので、助けてくれとは口が裂けても言わない。僕はただ監視して欲しいだけさ」


 ここからは建前半分、本音半分。それで二人を説き伏せなければならない。それ敵わなければきっと僕にとって・・・・・最悪の結末となる。


「監視? 誰をだ? 魔物たちをか? それとも統治した後の魔族どもか?」


 僕の真意を掴みかねているんだろう。眉を顰めて尋ねるソムニに、


「もちろん、僕をさ」


 ある意味、自明の話を口にする。


「殿下を監視する?」


 テトルもオウム返しに僕に発言の真意を問いかけてくる。


「そうさ。僕は卑怯で、臆病で、姑息で、矮小で、限りなく弱い人間だ」

「その通りだな」

「今更ですね」


 テトルとソムニが即答する。性格が正反対の二人の息がぴったりなのに苦笑しながら、


「だから、また重要な選択を誤ることがあるかもしれない。その時は今度こそ、綺麗さっぱり、殺してくれ」


 姿勢を正すと、頭を深く下げる。


「はあ?」


 僕の発言にソムニは目を見開き頓狂な声を上げ、


「駄目だ! そんなの、認められない!」


 テトルが強い拒絶の台詞を吐く。

 テトルの今の反応で確信した。多分、これはテトルの中で既に決められた選択。


「カイ様、僕が彼らに認められなければどうなるのでしょうか?」


 カイ様は心底面白そうに口端を上げながら、


「別にどうもなりはしないさ。このまま試練を受けてもらうだけだ」


 端的に返答する。


「その試練で僕が破れたら?」


 あのゴールに僕がたどり着けない以上、僕の敗北はある意味決定する。まあ、カイ様と面会した以上、今回は死にはしないだろう。だが、それが僕にとって幸せとは限らない。


「それを言ったら、ゲームにはならんわけだが、今の私はすこぶる機嫌がいい。特別に解答を先取りで教えてやる」


 カイ様は面白そうにテトルを次いでソムニを見ると、


「ここにいる魔物は全て保護し記憶を消したうえで、ノースグランドの各地で今まで通りの生活を送ってもらう。あーあ、心配せんでも、今もここを攻めようとしている身の程知らずのアホンダラには十分な制裁を加えるつもりだからお前たちの以後の生活には支障はない。ただし、ノーリスクってわけではない。ペナルティーはもちろんある」


 委細の説明をし始める。やはり予想通りか。そのペナルティーとやらにも心当たりがある。


「他の全てを僕のいなかった状態に戻すんですね?」

「ああ、その通りだ。全てがギルがこの地に来なかった前に戻させてもらう」


 だとすれば、僕は――。


「僕はどうなるんです?」

「死ぬさ。もちろん、肉体的な意味ではないぞ? 今のお前にとって死同然という意味だ」


 カイ様の部下には記憶の操作を可能な部下がいる。彼女に僕の記憶を操作させるか、それとも――。


「僕はまた記憶を失うので?」

「いんや、そんな野暮なことはせんよ。ただ、ギル、お前だけは以後、このノースグランドに侵入できなくするだけだ。それをもって、お前へのペナルティーとする。ソムニ、お前もそれで構わないな?」


 ソムニは大きく息を吐き出すと、


「ええ、元より、こいつを殺したいなら、端からあの時、死を望んでいます。師父ならきっとそんな方法を選択すると思っていました」


 顎を大きく吐く。

 僕はこの地に以後関わることを禁じられる。記憶もすべて持ちながら、シャルに会えなくなる。キージに、チャトに、ターマに、ブー、サイクロン、オルゴ、この都市の皆に会えなくなる。シャルたちと関われない。それがこの試練に敗北した際の僕のペナルティー。確かに今の僕にとってそれは死同然、いや、死以上のペナルティーだ。

 もっとも、カイ様の様子からも、この御方は僕の勝利を疑っていない。でなければ、こうも嬉々として条件を僕に話してはいまい。まだ出会って短いが、この御方は基本心根が、自分のお考えである以上に優しい方だし。でなければ、腐りきった僕の目を覚まそうとはせずに、あのとき殺していたはずだ。

 やってやるさ。この魔物の都市、キャット・ニャーを守るために。いや違うな。何よりも僕自身のために!


「ギル、もう会えないなんてやだッ!」


 泣きそうな顔で僕にしがみ付くシャルを抱きしめるといつものようにその後頭部を優しく撫でながら、


「心配いらない。絶対にそうはならないから」


 力強くそう宣言する。


「えらい自信じゃないか! 自分は・・・少なくともお前の提案など受けやしないぜ!」


 吐き捨てるように叫ぶソムニに、


「僕もです! 僕は貴方が許せない! だから、貴方にとって最大の嫌がらせをするつもりです!」


 テトルもそう声を荒げる。


「いい加減、二人とも本音で話せよ!」


 僕の言葉に二人から余裕が消える。ビンゴだ。端から二人の様子がおかしいとは思ってはいたんだ。これは僕の勘だが、この二人は最初から申し合わせてこの結論を導き出そうとしている。


俺たち・・が本音じゃないってなぜ、そう言える?」


 感情を押し殺した声で僕にとっては自明の理を尋ねてくる。


「ソムニ、何か隠し事があるとその一人称がクルクル変わる癖、お前全然変わっちゃいないな!」

「ッ⁉」


 頬を引き攣らせるソムニに僕の予想が的中していることを確信して頬を緩ませる。

 ソムニ、お前は嘘をつくには素直すぎる。多分、さっきの僕との一連のやり取りからカイ様にもとっくの昔にその意図は見抜かれていると思うぞ。そして、それはカイ様が最も望んだ結末。

 僕はテトルに向き直ると、まるで猟犬のように体を緊張させる。


「テトル、お前は論外だ。演技をするなら気づかれない努力くらいすべきだ」


 少し冷静になって考えればわかっていたこと。テトルはさっきから、僕がこの地に残ることを強く拒絶していた。きっと、母上の最後の言葉の鎖に拘束されていたのは、テトルも同じだったのだと思う。


「なんのことでしょう? 意味がわかりませんね」

「まったく、お前も僕もどうしょうもないな。あのときの母上の言葉を額面通りに受け取ってしまった。だが、カイ様にもお伝えした通り、母上の望みは僕が王になることではない」


 きっぱりと、テトルにかかった呪縛の解呪の台詞を言い放つ。


「それは貴方の勝手な解釈だ! 御后様はあのとき、貴方が王になれと、仰った。貴方はどうしょうもない人だが、あの貴族の呪いから覚めた今の貴方なら、この腐りきったアメリア王国を少しはましな国にしてくれる。王子の貴方にはその責任と義務がある!」


 ほら、少しつついただけで、本音をぶちまけてしまう。カイ様の元で鍛えられたんだろうが、内面はまだまだ幼いままだな。


「僕は二度とあの国の貴族社会には戻らないよ。正直、あのゴミタメのような場所だけは反吐がでるし。何より、今の僕には彼らがいるしね」


 右手をキージ達に向けて、そう叫ぶ。

二人はこのアメリア王国を全て僕に押し付けることで区切りをつけようとしている。もう、僕が道を踏み外さないと信じて。

 しかし、僕はそんなに心根が強くはないし、正直二度とアメリア王国の貴族の中になど戻りたくはない。あそこは人を腐らせる。あの狂った場所で真面まともでいられるのは、姉上のような貴族社会の全てを壊そうとしているものだけなのかもしれない。


「そんな勝手が許されるとでも?」


 テトルに似つかわしくない増悪の表情で僕に問いかけてくる。


「許されるさ。僕がこの地で彼らと魔物の国を作り上げる。それもきっと王選の正当な結果なのだろうし」

「それは……どういう意味です?」

「さあね、僕と手を組むなら教えてあげるよ」

「……」


 奥歯を噛みしめるテトルに、片眼を細めて僕を観察してくるソムニ。

 彼らに僕は姿勢を正して両腕を広げる。


「仕切り直しだ。ずっと、長く遠回りをしてしまったが、それもきっと僕にとって必要だったんだと思う。おかげでようやく僕は人間になれた」

「実に自己中心的で身勝手極まりない発言だな」


 そのソムニの言葉は、先ほどまでの吐き捨てるようなものではなく、皮肉気に笑みを浮かべていた。


「ああ、そうさ。それもまた僕に違いない」


 僕は胸に手をあてて二人に頭を深く下げ、


「僕、ギルバート・ロト・アメリアの名で二人に協力を申し出たい。僕とこの魔物の国の建国に尽力して欲しい!」


 要請の台詞を口にする。

 

「で? テトル、これからどうすべきだろうか?」


 ソムニの口調が一変し、以前聞いたことのある穏やかなものへと変わる。


「ふー、やられましたね。どうも、僕らの計画も全て師父に見抜かれていたようですし」


 テトルも様相が一変して、今もご機嫌で僕らの様子を伺っているカイ様を半眼で眺める。


「じゃあ、受け入れるんだな?」

「ええ、ここで無理に王選に戻しても、最良の王にはなれないでしょうし。それに、殿下は魔物の国と仰った。ならば、王の道を諦めたわけじゃない。御后様のご遺志に反するわけじゃない」

「いや、テトル、ギルバートを擁護するつもりはないが、きっと御后様もそういうつもりで言ったわけじゃないと思うぞ?」

「それは見解の違いです。あなこそ、どうするんです?」


 テトルの問に、ソムニは数回頬を掻き、


「俺もギルバートと同じさ。あの腐った社会に戻るつもりはない」

「ならば?」

「ああ」


 二人は軽く頷くと、片手を差し出してくる。


「ここまで来たら一蓮托生。最後までついていって、お前が道を踏み外したらさっぱり殺してやるよ。あーあと、今の俺の一人称は『俺』だから。いわゆるイメチェンってやつだ」


 そう軽口を叩くソムニと、


「僕も貴方を理想の王にしてみせます」


 そんな脈絡もない頓珍漢な台詞を吐くテトル。

 熱いものが胸の奥から沸き上がり、それらが身体中に風船のように膨らんでいく。

 涙で目頭が熱くなるのを自覚しながら、僕は両手でそれぞれ彼らの手を取り、


「ありがとう。よろしく頼むよ!」


 再度、大きく頭を下げた。

 そして、僕はこのとき、愚かにも過去に自ら切り離した両腕を取り戻したんだ。


――討伐図鑑からの通告――正当眷属ギルバート・ロト・アメリアと主人、カイ・ハイネマンとの魂の連結度が100%となりました。

 ギルバート・ロト・アメリアの討伐図鑑の登録の再申請――――許諾。

 ギルバート・ロト・アメリアの討伐図鑑の登録の反射的効果により、テトル・サクシーズ、ソムニ・バレルも討伐図鑑に登録されます。

 以後、討伐図鑑のあるじ、カイ・ハイネマンの魔力を用いて魂と肉体を大幅に改変いたします。



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