第66話 決定的な選択の誤り

 キャット・ニャーの中心にある四階建ての建物。その広い一室で各部族の長達が渋い顔で会議に臨んでいた。

 一つ目の巨人、サイクロプス族の男サイクロンがテーブルに拳を叩きつけて、


『それは了知できん!』


 己の主張を声高々に叫ぶ。


「そうはいっても、このままでは八方塞がりですし、今回のギルさんの提案は的を射ている。そうオイラには思えますがねぇ」


 リザードマンの青年がそう口にして、サイクロンの一つで睨まれ慌てて口を閉ざす。


「サイクロンに一票。あたい達が信じたのはギルであり、人じゃない! あたい達魔物を殺しまくっている人間どもに助けを求めるのは絶対にごめんよ!」


 ガルタ族の女性もサイクロンに賛同した。


「同感だな! ギルには俺たちハイオーガ族を救ってもらった恩があるし、信用も信頼もしている! しかし、それは人間全体を信頼したわけではない! 何より、俺は卑劣な手で兄者の魂を踏みにじった人間どもをまだ許してはいない!」


 角の生やした青年が憎悪の表情でその言葉を絞り出す。

 彼は戦闘部族の一つ、ハイオーガ族の族長オルゴ。青の大竜――ケトゥスの討伐後。僕らは大攻勢にでて南部全域を奴らから奪還した。その際、ハイオーガ族の集落も解放したのだ。

 まあ、解放といってもなぜか奴らの主戦力は既に撤退済みであり、戦闘という戦闘をせずに解放できたわけだが。


「そうはいうが、我らに後がないのも事実。人間にもギルや昔俺たちを救ってくれたハンターのあいつのように、魔物だからと言って問答無用で敵対してくる奴ばかりじゃない」


 キージがすかさず反論を口にしてくれるが、


『俺の弟はそのハンターに狩られちまったがね! 人間は俺たち魔物の敵! それは間違いない事実だ! なあ、お前らもそう思うだろっ!』

 

 魔物の一人が席を立ちあがり、周囲を見渡し大声で同意を求める。


『そうだ! 人など信用できるかっ!』

『我ら魔物の街は我ら自身で守るべきっ!』


 次々に上がる人への憎しみと拒絶の声。この二カ月間色々な問題があって、それらの解決を通して少しずつだが、彼らと分かりあえた。そう思っていた。いや、実際に僕に対する態度に壁のようなものが次第に少なくなっていたことからも、僕は彼らと一定の絆のようなものを形成していたことは疑いない。

 しかし、それはあくまで僕、ギルとの絆であって、人族ギルとの絆ではない。それほど魔物と人族との溝は深く、超えられぬ障害として横たわっているんだと思う

 これ以上、無理に人族と同盟関係構築すべきと説いてもむしろ逆効果。せっかく築いてきた僕への信頼すらも失いかねない。このいつ奴らの攻勢があるかわからない切羽詰まった状況での不和は自殺行為以外のなにものでもない。


 ――そう繕ってみてはいたが僕はこの時、せっかく失った彼らとの信頼が壊れるのが怖かった。だから、それを彼らの真意と誤解して流れに任せてしまったんだと思う。結果、この僕の愚かな現実逃避が、どんな最悪を招くかをこの時の僕はまだ全く理解してはいなかったんだ。


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