第64話 助けを求める先


――新都市キャット・ニャー


 ケトゥスとの闘いから2カ月が過ぎる。

 ケトゥスの討伐の噂はノースグランド中を駆け巡り、続々とノースグランドの魔物たちがキャット・ニャーへの移住を希望するようになる。当然のごとく、彼らの居住区を確保する必要性から、急ピッチでキャット・ニャーの拡張が進み、現在では中心となるキャット・ニャーを他の5つの都市が取り囲み、石の城壁で連結するような作りとなっている。

 この都市構想はそもそも、ルーさんが提案したもの。実のところ、あの魔物ひとが僕の模倣の能力を面白がって計画したものであり、眉唾ものだと思っていたわけだが……。


「まさか、本当にできるとはな……」


 キージが今も石の城壁を通ってキャット・ニャーに向かう魔物たちをぼんやりと眺めながら、今丁度僕が思っていた感想を口にした。


『だよなぁ。多分、少し前の俺ならこんなの絶対信じなかったぜぇ』


 ブーも何度も相槌を打ちつつ、キージに同意する。


「全部、ギルのお陰なんだよぉ!」


 僕の右腕しがみ付いていた赤髪の少女、シャルが僕らの前で得意そうに胸を張る。


「そうね。ギル、最近のあんたの出鱈目具合、ルーさんに似てきてるわよ」


ターマが僕を半眼で見ながら、そんな人聞きの悪い冗談を言う。


「ルーさんか……あの魔物ひと、本当にどうしたんだろう」


 あれ以来、ルーさんは姿を見せていない。最高戦力の不在。これが今一番の僕らの不安要素。もう二か月だし、遅すぎる。通常なら、あの白仮面の怪物に敗れたと考えるべきなんだろうが……。


「まあ、あの御仁のことだし、我らの前に出てこない理由でもあるんだろうさ」


 こう返答したキージを含め、誰一人としてルーさんが負けたとは考えてはいない。いや、僕を含め、あの魔物ひとが負けることが単に想像できないだけなんだと思う。


『なーに、旦那のことだ。ひょっこり顔を見せてくれるさ。それまで俺たちだけでこの都市を守らねばならねぇ。なぁ、本気で人間どもに助けを求める気かよ?』


 ブーが今まで見たこともないような厳粛した顔でまさにこれから話し合う議題について尋ねてくる。


「そうするしか、もう僕らが生き残る術はない。そのはずだよ?」

『そうだな……』


 内心を独白すれば僕だってこの策はもろもろ刃の剣だとは気づいている。なにせ、この世界で唯一この現状を打開できそうな人間の最高戦力である現勇者は大の魔族や魔物嫌いで有名だ。記憶を失った僕が覚えているくらいだし、これは間違いあるまい。同時に人間側の中でも突出した力を有する中央教会は論外だ。そもそも、彼らの教義はギフトの有無により厳格に区別すべきという類のもの。ギフトを有しない獣人族ですら排斥されている現状で、いかなる事情があろうと魔物に支援するわけがない。

 国単位でも、勇者を擁するアメリア王国は当然不可能だし、グリトニル帝国や東の大国ブトウも基本人族中心の支配を望んでおり、同盟など不可能だ。

 唯一この世界に僕らの声に応じてくれる組織があるとしたら、それはハンターギルドのみ。彼らは思想ではなく、利益で動く組織。魔物に人類に対する敵意がなく、その交流に一定の利益があると判断すれば、この魔物の町の保護を約束してくれる可能性がある。

 もちろん分が悪い賭けではある。だが、どのみち、このまま手をこまねいていれば、十中八九、ノースグランド中の全魔物は皆殺しになる。それは奴らのこの二か月間の動向を見ていれば間違いない事実。


「奴ら、まさか、同胞の魔族どもすら犠牲にするとは……」


 キージが苦虫を嚙み潰したような顔でそう呟く。

 この二か月間、いくつか進展があった。魔族たちの一団が亡命してきたのだ。

 もちろん、罠の危険性もあり捕虜として厳重に隔離することにしている。その魔族たちの口から飛び出たのはおよそ信じられないような地獄絵図だった。


「ああ、駐留している魔族の8割はすでにその悪質な儀式とやらで犠牲になっている。同胞すらもその扱いだ。僕らが捕まればどうなるかなど考えるまでもない」


 人族や魔物を犠牲にするならわかる。多かれ少なかれ、多種族への扱いなど碌なものじゃないし、それが戦争というものだ。

 でも、奴らは同じ魔族、しかも大勢の同国人を躊躇いなく正体不明の儀式の犠牲にしているという。アルデバランの悪行は確かに聞き及んではいるが、此度は話の質が全く違う。アルデバランは王としての、いや魔族としての一線を越えてしまっている。


「ギル……」


 再度僕の右腕にしがみ付いて心配そうな顔で見上げてくるシャルの頭をそっと撫でると、


「大丈夫。だからこそ、人間の助けが必要なんだ」


 自分に言い聞かせるように強く言葉を発する。

奴らはこのままにしていれば世界全体の脅威になるのは確実。それこそが、僕らがハンターギルドを説得する唯一の希望となる。

 魔族もつれていき現状をハンターギルドに伝えれば、説得することも可能ではないかと思っている。


『ラブラブなところ悪いがよ、そろそろ、つくぜ』


 ブーがにやけ顔で右手の人差し指をキャット・ニャーの城門へと向けていた。

 なぜか、頬を膨らませてそっぽを向くターマに、呆れたように肩をすくめるキージ。

 すこぶる居心地の悪い状況の中、僕らはキャット・ニャーの城門をくぐるべく歩を進める。

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