第53話 青の大竜進軍

20メルにも及ぶ青色の大竜は口から灼熱の炎のブレスを吐き出しながら、湿地帯を火の海に変えて進軍する。その大竜の背には王座が設置されており、青色の髪のやけに目つきの悪い青年が踏ん反り返っていた。


「この我が命じる。燃やせ! 壊せ! 殺せ! 破壊しつくせっ!」

 

 物騒な台詞には似つかわしくない歌うような陽気な声色で、青髪の青年は大竜に指示を出す。

 

『グオオオオオォォォッーーー!!』


 青の大竜は天へと咆哮し、湿地帯のあらゆる生物を殺し尽くさんと炎のブレスにより大火を引き起こす。


「くはははっ! 我の分体のみでこの理不尽な強さぁ! 圧倒的だっ! これが全種族最強の竜種の中でも最高位の称号――竜王ドラゴンキングッ!」


 ケトゥスは歓喜の声を張り上げる。

これだけの力があれば敵はない。もはや、魔王などという人モドキと組む必要もない。アルデバランとの共闘もこれで終わりだ。

そもそも、ケトゥスは魔族どもの崇める如何わしい大神の復活などに端から興味はない。ケトゥスの目的はこの至高の強さのみ。その目的が達成した以上、あとは元来のケトゥスの野望実現に向けて動き出すべきだ。すなわち、世界最強の存在であることの証明。

封印されていたデボアが滅んだ以上、事実上、ケトゥスの敵となりうるのは限られている。むろん、王となった今のケトゥスが負けるはずもないが、少々、てこずりそうな輩が世界には数体存在するのだ。

それが、世界三大魔獣。封印されていたデボアもその一体であり、力だけなら四大魔王すらも超えるとされている。奴らを全て滅ぼして、晴れて最強の名はケトゥスのもとなる。そのためには力を蓄える必要がある。その唯一無二の方法が栄養補給、すなわち、人の捕食だ。

ノースグランド南部の支配権を獲得した後、北進してアルデバラン軍を壊滅し、奴の領土を制圧した後で、人間どもの制圧に入る。固く筋張った魔族どもと異なり、人族は美味だ。特に女子供の肉は柔らかくて頬が落ちるほどの美味さがある。何より、最高なのは人の生命力を捕食することにより、ケトゥスたちの力を大幅に増強できること。

今までは厄介な勇者や帝国の怪人、中央教会どもの存在により、人間どもには手を出せなかったが、もうそんな粗末なものどもを考慮する必要はない。人間どもの国を制圧して、片っ端から捕食すれば、最強のケトゥスはさらに強くなれる。そうなれば、敵はもはやこの世にはない。


「まっことに、心が躍るのぉ」

 

 分体の背で未来の最強となった自身の姿を夢想して興奮気味な声を上げたとき、


「ぬ?」


眼前の湿地帯に僅かな魔力の残滓が見える。

おそらく、あの沼に足を踏み入れれば拘束型の術でも発動して、分体の足がとられて身動きが一時的制限される。そんな仕掛けでもあるんだろう。


「くだらんのぉ」


 魔物の浅知恵というやつだ。分体は今のケトゥスの髪の毛一本を使用するだけで簡単に生み出せる。こんなもので足止めになりはしない。何より――。


「魔物ごときの術で我が分体を拘束できるわけがあるまい」


 そんなできもしない希望にすがるとは、哀れで滑稽な生物どもだ。

まあ、下等生物ごときの頭ではこの程度が精々か。このまま進路を変更してもよいが、それでは面白くはないし、奴らごときの猿知恵に警戒するなど、そんなものは王の所業ではない。それに――。


「楽しみよなぁ」

 

 ――己の唯一の希望があっさり打ち砕かれる魔物どもの慌てふためくさまがみたい。

 ――魔物どもの絶望のたっぷり籠った断末魔の声が聞きたい。

 ――命乞いをして地べたに這いつくばる魔物どもの姿に笑い転げたい。


「蹂躙しつくしてやる」

 

 舌なめずりをしながら、ケトゥスは分体に踏みにじるよう指示を出したのだった。



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