第52話 第二試練の裏事情

 アスタとの食後の運動が終わり、私が湿地帯の隅の空間に設置されているテント内に入ると、ギリメカラとイフリート、タイタンが跪いてくる。


「マジバトルなんて、酷いのである! ガチで死にかけたのである!」

 

 少し遅れてテントに入ってきたチキン魔人殿が涙目で口を尖らせつつそんな非難の台詞を吐く。


「ん? 私は本気のバトルなどしたつもりはないが?」


 あれはあくまで演技だしな。かなり手加減はしていた。というか、この私がアスタ相手に本気など出すわけがあるまい。相変わらず、大げさな奴だな。だから、チキン魔人なんて称号をつけられるんだぞ。


「……それ、マジで仰っているのであるか?」

 

 頬をヒクつかせながら、アスタは当然の事実を尋ねてくる。


「ああ、今回の試練の敵のボス役程度には抑えたはずだぞ」


 あまりやり過ぎると萎縮してしまうし、今回の敵は四大魔王の一角アルデバランだ。あの程度をこなせる奴など今後、ゴロゴロでてくることだろうし、あいつらとしてもいい経験になったと思う。何事も慣れだ。

 アスタはよろめくと蹲り、頭を抱えると、


「あの馬鹿王子が余計なパフォーマンスを見せたせいで間違いなく認識が悪化しているのである!」

 

 いつものごとく呻き声をあげる。うーん、アスタの奴いつも以上に気持ち悪いな。放っておこう。それにかぎる。


『御方様、第二試練の用意が整いました』


 ギリメカラの進言に私も椅子に座ると、アスタが首を左右にふると立ち上がり、パチンと指を鳴らす。突如眼前に出現する魔物たちの軍が配置されている湿原の景色。


「マスター、一つお聞かせ願うのである」


 アスタが神妙な顔で尋ねてくる。


「改まってなんだ?」

「これからマスターはあの馬鹿王子たちにどう関与していくおつもりか?」

「うむ、もうすべて終わった。私のやれることはないな」


 これはあくまであの馬鹿王子の魂をかけた試練。たとえ敵がどれほどクズで外道でも、私の力で無理にクリアさせるつもりは毛頭ない。ただ、このままではあまりにあいつらは弱すぎる。だから、最低限必要な手を貸したに過ぎない。いくつかの方向性は示したし、あの馬鹿王子への忠告も残せた。あとはあの馬鹿王子次第だ。


「マスター抜きで試練の全てをクリアできると本気で思っているのであるか?」

「それは期待していないさ。そもそも、私がこの試練を通してギルに求めているのは強さではないからな」


 四大魔王の強さはこの世界では周知の事実だ。私なら負けるつもりはないが、流石ギルたちが四大魔王に勝てるとまでは思っちゃいない。最終試練のクリアは、奴が最終的に己の力で到達できるかにかかっている。


「あのお猿さんが気づけなければ?」

「むろん、死ぬだろうよ。だが、もとより、そう言う約定だ」


 これはそもそも修行ではない。大罪を犯したギルバートへの私からの最後の蜘蛛の糸。内容は試練をクリアすれば生き残り、失敗すれば死ぬ。そんな命懸けのゲーム。王国が証人となっている以上、例外はない。


「……」


 アスタは難しい顔で私をしばし凝視していたが、


「もしかして、マスターはアルデバランとかいう蛆虫の所業は御存じであるのか?」


 当然のことを尋ねてくる。


「ああ、保護した魔物たちから聞いたからな。お前たちが陰で動いていることも知っている」


 ビクッとギリメカラが全身を震わせる。鎌を掛けたのだが、やはり図星だったか。


「意外であるな……」

「ん? 何がだ?」

「奴らの所業を知れば、マスターならば怒り狂って滅ぼす。そう思っていたのである」

「それは勘違いだぞ、アスタ。私は勇者や聖人、英雄のような救いようのない正義面をした偽善者ではない。現時点でアルデバランが私に敵対行動をとってない以上、今回の件では我らは部外者だ。まだ・・、積極的に介入するだけの根拠が我らにはないのさ」


 物語の中の勇者や英雄のように、強者が力づくで解決する。それはもちろん一つの解決法だろう。だが、それでは当事者はいつまでも弱く無力なままだ。真の意味での成長は見込めない。現に命懸けで足掻いた結果、ギルとシープキャットの連中は以前と比較にならないくらい柔軟な思考と実行力を得ている。


「方向性を示し、導くこそが吾輩たちの役目だと?」

「そんな大層なものではない。ただ、現段階で私たちが介入するべきではない。そう私的に結論付けているだけだ」

「なら、この件につき馬鹿王子が失敗したら、アルデバランはどうするおつもりであるか?」

「アルデバランが私を不快にさせているのは事実。このゲームがギルの敗北で終了すれば、責任をもって排除する」

 

 例え四大魔王といえど、負けるつもりはない。確実に滅ぼしてやる。


「なんとも、自分勝手で利己的な話であるな」


 呆れたようにそんな感想を述べるアスタに、


「その通り。元来、私は我儘だ。そしてこれからもずっとそうだろう」


 私は口端を上げつつそう力強く宣言する。

 アスタは深いため息を吐くと、


「マスターの好きになさいませ」


 胸に右手を当てて優雅に一礼した。


「そうさせてもらう」


 

――こうして、怪物主催の命と誇りをかけた第二試練は開始される。



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