第47話 魔物たちの都市


 ――新都市キャット・ニャー


 さらに数か月が経過する。

 ブー達はノースグランドでもかなりの武闘派部族。そのブー達ハイオークたちの加入より、キャット・ニャーへの参加を申し出るものが急増する。特にブー達の強制に近い説得により周辺の小規模の武闘派部族も参加することとなった。そして、ノースグランド最大派閥の一角である牛頭のレッドミノタウロス族、生き残りの一つ目の巨人族の上位種サイクロプス族も加わり、ノースグランド南部のほぼ半数の勢力を率いる結果となったのである。

 

「ほう、中々器用なものだな」


 鍜治場で出来上がった剣に魔法を付与しているところに、犬顔の男が入ってくるとそうしみじみと呟く。

 現在、失われた記憶の中にある有名な鍛冶師と魔法技師を僕の能力で模倣して、魔法武器を作成しているのだ。


「あ、ルーさん」


 彼はルー・ガルー、最近、逃げ延びてきたホブゴブリンたちとともに僕らに合流したコボルト族の青年だ。他のコボルト族の女性曰く、かなりのイケメン紳士らしい。

 今は保護したホブゴブリンたちとともに共同生活を送っているようだ。


「それは魔法が付与した武器だな? どれ」


 ルーさんは出来上がった剣を手に取ると、精査し始める。正直、この魔物ひとの目利きはとんでもない。自分は魔法が使用できないとは言っているし、魔法が使用できないコボルト族である以上、それは真実なのだろう。だが、それ以上に彼の戦闘に関する勘の鋭さは異常だ。この魔物ひとがOKを出すということは戦闘で使い物になるという証拠。


「いいんじゃないか。これはあたりだな」


 独り言のように呟くルーさんに、


「よしっ!」


 思わずガッツポーズをする。これで一つ使える武器が増えた。今一番の危惧は一つ目の巨人族の上位種サイクロプス族の里を壊滅させたとされるある竜種に対する噂。

 残存した巨人族の上位種サイクロプス族の口から紡がれたのは圧倒的でかつ理不尽な力で蹂躙する青のノースグランド最強の青の大竜――ケトゥス。

 奴は単独でサイクロプスの里を事実上壊滅させたのだ。もし、ルーさんが救助に向かわねば皆殺しになっていた可能性が高い。そんな危険極まりない相手だ。今は戦力の増強が急務なのである。


「だが、あくまで――」

「わかっています。全ては武器を扱う者次第。そうですよね?」

「その通りだ。我らは弱い。このまま闇雲にぶつかっても死ぬだけだ」


 ルーさんはここを訪れて僕らの戦力を目にして、ただ『弱い』と結論付ける。そして、このまま突き進めば、アルデバラン軍に壊滅すると断言した。そのルーさんの指示の元、修行に勤しみ、今の僕らの実力は大幅に向上している。

 この武器の魔法付与も僕の能力を伝えると、ルーさんが興味をもち、いくつかの指示を出す。そうして開発されたものが、この魔法武器だ。

 さらに、連日、魔物たちに稽古をつけてもらっている。


「ギル、ルーの旦那、会議の時間だぜ?」


 ハイオーク族の頭領ブーが部屋にどかどかと入ってくると、陽気に声を張り上げる。


「そうか。では行くとしよう」


 ルーさんはゆっくりと歩き出す。


「おうよ!」


 ブーも大人しくルーさんの後についていく。

 当初、ブーはルーさんを認めてはおらず、事あるごとに突っかかっていたが、手合わして徹底的に打ちのめされてから、いつも離れない舎弟のような関係となっている。

 僕も新しくできた剣を持ち、ルーさんたちの後についていく。



 レンガ作りの通路には多数の魔物たちが行きかい、その脇には木製の建物が規則正しく立ち並んでいる。その肉屋からは食欲を刺激する香ばしい匂いと威勢のよい勧誘の声が聞こえてくる。


(ここもすっかり変わったね)


 あれから魔物が増えキャット・ニャーは拡張して、人族の中規模都市レベルまで開発が進んでいる。もちろん、周囲を高い石の城壁で覆った後、いくつかの防衛のアイテムを設置しているから鉄壁であり、よほどのことがない限り、ここは落ちない。


「あー、ギル!」


 赤髪の猫娘シャルが僕らに気づいて満面の笑みで両手をブンブン振ってくる。


「シャル、走ると転ぶよ」


 案の定、こっちにパタパタと走り出すも、躓いてダイビングしてくるのをどうにかキャッチする。


「だから、言わんこっちゃない」

「……ありがと」


 僕の腕の中で真っ赤になるシャルに苦笑しつつも、立たせていると、


「お前たちは随分、仲がいいな」


 ルーさんが暖かな目で僕らを見ながらそんな感想を口にする。


「うん、仲がいいよ!」


 元気よく右手を挙げるシャルに、


「だとよ、ギル!」


 ブーが僕にニヒルな笑みを浮かべつつも、背中を乱暴に叩いてくる。


「痛いって、ブー、だからいつも言っているだろ? 僕らはそういう関係じゃないって」

「お前も漢なら、気合を入れろ!」


 まったく僕の意見など聞かずに、豪快に高笑いをしながら、さらにバンバンと背中を叩くブー。


「ねぇ、ギル、そういう関係って?」


小首を傾げながら、そう尋ねてくるシャルに、


「うん、なんでもないよ」


 頭を優しく撫でる。


「うー、ギル、誤魔化している?」

「いんや。そんなことないさ」


 もちろん、誤魔化しているわけだけど。

 ルーさんは呆れたようにため息を吐くと、


「ギル、あくまで……あくまで仮定の話に過ぎないが、今後お前は重要な選択を迫られるかもしれない」


 神妙な顔でそんな突拍子もないことを口にする。


「突然なんです?」

「いいから聞きなさい。その選択に答えのあるものならばそれでいい。だが、もし答えのない道を選ばなくてはならなくなったら、己に尋ねて悔いのないものを選びなさい」


 いつになく意味深でわかりにくいルーさんの言葉に、


「どういうことです?」


 思わず尋ねるが、


「その時になってみればわかるさ」


 ルーさんはそう呟くと、再度歩き始めた。

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