第48話 不協和音

――キャット・ニャー会議室


「とうとう目と鼻の先まで来たってことか……」


 キージの重苦しい言葉に、巨大な会議室への出席者の全員が、例外なく苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。おそらく狩りのつもりなんだろう。青の大竜――ケトゥスはまるで僕らの恐怖や絶望を楽しむかのように、ゆっくりと周辺の魔物たちの集落を次々に壊滅させて、遂にこのキャット・ニャーの近隣までやってきたのである。


「いつか来るとは思っていたけど遂に来たわね……。どうする? このままではこの集落は壊滅するわ」


 鳥の頭部を有する部族――ガルタ族の女性が憂わしげな表情で今この場で誰もが思っている疑問を口にする。


「ここは良い里だ。捨てることだけはぜってぇ俺は反対だっ!」


 ブーが強くこのキャット・ニャーの守護を主張する。

ブーは僕らとこの里を育て大きくした立役者の一人。この街への相当な愛着があるんだと思う。


「良い里だというのは賛成っスけど。壊滅されちゃ意味がねぇってやつっスよね?」


 トカゲ頭のリザードマンの青年が頬杖をつきつつ、ぼんやりと呟く。彼のこの言葉は、この場の全員の共通の意見だったのだろう。皆、それぞれ難しい顔で考え込んでしまう。


『ルー殿、一つよろしいか?』


 今まで沈黙を貫いてきた髭を生やした一つ目の巨人、サイクロプス族の男が、ルーさんに声をかけた。

 彼、サイクロンはサイクロプスの生き残りであり、撤退作戦でルーさんが率いるこの街の救助部隊に助けられる。会議に参加するのもこれが始めてだが、終始不機嫌そうであり、この会議に思うところがあるのは明らか。そしてその理由にも、朧気だが予想くらいつく。


「なんだ?」

 

 両眼を固く瞑っていたルーさんが片眼を開けてサイクロンに眼球を向ける。いつにないルーさんの殺伐した姿に、出席者の中から、生唾を飲み込む音が聞こえてきた。


『なぜ、人間がこの場にいるのです? ここは我ら魔物の里のはずでは?』

『そこは俺も知りてぇなぁ。人など俺たちの食糧じゃねぇか。なぜ、そんな奴がこの街のしかも、この重要な会議の席にいる?』

 

 サイクロンの言葉に隣の鰐顔の男クロコダスが相槌を打つ。

 突如、テーブルにブーの右拳が叩きつけられ、


「てめぇら、新参者の分際で何勝手なことを言いやがる?」

 

 顔にいくつもの青筋が張り付いたブーが憤怒の形相でギロリとクロコダスを睨みつけると、クロコダスはワニの顔を引き攣らせて、


『に、人間と仲良しこよしのお前らの方がイカレてるんだっ! 人間は我ら魔物の敵! それはこの世界が始まってから昔からの永久不変の原則だったはずだぜっ!』


 裏返った声を上げる。


「確かにそれはそうかもしれないわねぇ。あいつら下品で野蛮だし、南下してくる魔族どもも結局は人間種には違いないわけだしぃ」


 ガルタ族の女性が僕をぼんやりと眺めながら、そんな感想を口にするが、


「オイラは別に構わないっスけどね。ギルさん、人とは思えないほどオイラ達に理解あるし」


 リザードマンの青年が反論を口にする。


「それはそうかもしれないけど、人と慣れあうのはちょっとねぇ……」


 ガルタ族の女性も口籠る。

 所属する魔物の種族が増えるたびに、この疎外感が強くなるのは感じていた。

彼女たちの言う通り、ノースグランドで好き放題している魔族たちも魔物たちからすれば人の近縁。人に対する不信感は相当なものなのは考えるまでもない。

 これ以上は話が先に進まない。それでは、この会議の意味もない。何より、今は目下、青の大竜の南下中と危機的状況だ。


「僕は一足先に家に戻っているよ」


 進行役のキージにそれだけ伝えると、返答を待たずに会議場を退出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る