第15話 不快な既視感と守る決意
盗賊集団――サドテーラ突入からおよそ5時間前
シープキャット族の地下牢
「そうか……いなくなったのはシャル一人なんだね?」
「ああ、そうだ」
喉に小骨が引っ掛かったような強烈な違和感を覚える。普通、盾に使うにも数人を攫うのが定石じゃないんだろうか。なのに、なぜシャルだけ攫う? シャルが結界を発動させうる巫女的立場にあるから? いやそれほどこの集落の事情について詳しいならば、もっとましで直接的な方法をとってくる。こんなすぐバレるような方策は取ってはこないはず。それにこっちが混乱の極致にある今、なぜ奴らは動かない? この状況で攻められればこの集落は一たまりもないはず。
「ダメだ、わけがわからない!」
全て嚙み合わないし、奴らの意図がまったく読めない。だが、斥候のような人族の目撃情報もある。
シャル一人を誰にも気づかれることなく攫っておいて、斥候はあっさり見つかる。間抜けでいて、凄腕の盗賊? 一体、相手はどんな族なんだ?
「ギル、お前もそう思うか?」
キージは顎に手を当てて尋ねてくる。
「うん、不合理なことは大きく三つ。一つ、わざわざシャルだけを攫ったこと。次に斥候がその姿を認識されてしまうというヘマをしたこと。とどめは今もこうして僕らに態勢を整える時間を与えていること」
「簡単だ! こいつが内部と繋がっていて外の斥候にシャルの情報を漏らした。それだけだろう?」
チャトが眉を顰めて検討にすら値しない戯言を口にする。
「あのね、僕はずっとここにいたんだ。それは鍵を開けた君たちが一番知っているだろう?」
「だから、それがどうしたっ⁉」
額に青筋を張らせて叫ぶチャトに、
「ここは地下。窓の一つもない。どうやって外部と連絡を取るのさ?」
「怪しげな人族の術でやったんだろう!」
「そんな便利な術があるなら、この混乱の状態で攻め込むように促しているさ。当の昔にこの集落は賊に占領されている」
「……」
奥歯をギリッと噛みしめながら、チャトは僕を睨みつけてくる。
納得はいかない。でも、反論をするべき材料もない。そんなところだろう。だが、これで若干の煩わしさから解放される。
「奴らが攻めてくるのも時間の問題だ。奴らを捕縛しシャルの所在を聞き出した方が手っ取り早い」
奴らがシャルを人質にしてきたら、それはそれ。動きようがある。何せ人質は少なくとも相手に示さなければ効果などないからな。
キージに姿勢を正すと、
「頼む。この集落の代表者たちと会わせて欲しい」
再度己希望を口にする。
どのみち、僕一人では賊全てを捕縛するのは無理。彼らの協力は必要だ。
「そんなのダメに決まってるだろうっ! 信用できるかっ!」
案の定、チャトが声を荒げて反論を口にするが、
「いいかい? 君は現状をちゃんと認識しているのか?」
諭すような口調で問いかける。
「し、している」
ドモリながらもチャトは返答した。
「いんや、まったくしていない。もし、現状を認識しているなら、シャルを守れなかったことを僕で八つ当たりなどしている余裕などあるわけがないから」
大きなため息を吐いて肩を竦めてそう言い放つ。
「黙れっ! 薄汚い人間がっ!」
顔に衝撃を受けて壁に叩きつけられる。口内に生じる熱さと鈍い痛み。口の中の鉄分を地面に吐きだし、チャトを睨みつける。そして石床を蹴ってチャトの顔面を殴りつけた。
「て、てめぇ――」
口元をぬぐって立ち上がろうとするチャトの胸倉を掴んで引き寄せると、
「いいかい。今、シャルが不在で結界が使用不能となっている。おまけに斥候がこの周囲をうろついていたことからも、もうじき奴らはここに攻め込んでくる。直ちにこの集落の防衛をしなければ、ここは滅ぶ。それを認識しているのか、そう僕は聞いているんだ?」
なぜだろう? チャトの子供じみた癇癪を見ていると無性にイライラする。そしてこの強烈な既視感。過去に同じようにみっともなく騒ぎ立てて他者に迷惑をかけたような人物が身近にいたのかもしれない。
「……」
チャトは悔しそうに口をへの字に曲げると、僕の腕を振り払って部屋を飛び出していってしまった。
「ギル、悪いが、よそ者のお前を信じることはできない」
「だろうね」
キージは予想通りの言葉を紡ぐ。
「だから、身柄を拘束されての面会となるが、それでもいいか?」
「へ? それって僕に会わせてくれるってこと?」
「ああ、この件については色々疑問が多すぎだ。我らだけでは少々手に余る。是非お前の意見も参考にしたい」
律儀な性格なのだろう。キージは僕に右手を差し出してくる。
「もとよりそのつもりさ」
すかさず僕もその右手を握り返した。
そうだ。僕はシャルを守る。それが過去を失った今の僕の唯一つの願望なのだから。
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