第11話 最強の怪物主催の第一試練の狼煙


「おい、本当に、ここに獣人の集落があったんだろうねぇ?」


 ノーザーブロックの北西を活動する盗賊集団――サドテーラの女首領サドは、肩越しに振り返ると部下にドスのきいた声色で尋ねる。


「へ、へい、この先に確かにあったはずです」


 自信がなさそうにそう返答する若い黒色短髪の青年に近づくと、


「なら、なぜ、お前らが残した印がないのよッ⁉」


 その胸倉を掴み、声を張り上げて恫喝する。

 サドたちサドテーラの斥候は狩りの標的の集落への最適のルートへ必ず目印を残す。

 途中までは順調だった。それが突然生じた黒色の霧により周囲が包まれ、しばし、森の中をさ迷い歩く結果となる。そして霧が晴れると獣人族の集落へも印はもちろん、後戻りのための印さえも消えていたのである。


「それはあっしにもさっぱり……」


 黒色短髪の青年の盗賊は困惑気味に首を左右に振る。

 

「くそぉっ!」


 部下を放り投げると、近くの大木を殴りつける。

 現在無人のはずのノーザーブロックの最北西端にあるノーザーフォーレストに行商人の出入りがあるとの噂を聞きつけ、詳細な周辺の調査からこの森の奥深くに獣人族の集落があることを突き止めた。

 獣人族の女子供は高値で売れる。奴らを十数匹捕獲し売却するだけで、一財産を稼げるのだ。最近は王国の役人の監視の目も厳しくなってきたし、こんなおいしい仕事、逃がす理由はない。

 ただ、問題が一つ。その集落には先の戦争の獣人族の英雄がいる可能性があること。そこで、いくつかの準備をして意気揚々と向かったところ、こんなアクシデントに見舞われたのだ。


「あーあーあ~、霧ごときで迷子になるって、あんたの手下って本当に大丈夫ぅ?」


 青色の髪を左が長く右が短いアシンメトリーにした優男が大きな欠伸をしつつも、問いかける。この白色の羽毛の付いたコートを着た男はシュガー。この仕事のために雇った暗殺者だ。名が売れてはいないんだろうが、あの情報屋からの紹介だし、腕は確かだとは思う。


「心配いらない」


 まったく根拠のない虚勢を張りつつも、手下どもに目で合図をすると慌てて駆けていく。

 


 それから、長い時間がたち、日が暮れる頃手下どもは戻ってきた。


「遅かったじゃないのさっ!」


 苛立ち気に問い詰めると、手下はやはり困惑した表情で、


「それが集落はあったのですが……」


 ためらいがちに口ごもる。


「何さっ! はっきりおっしゃいよ!」


 手下どもは姿勢を正すと、


「へいッ! 集落には獣人ではなく猫型の魔物どもが多数いました!」


 意外極まりないことを報告してくる。


「猫型の魔物ぉッ!? 何ふかしてるのさっ⁉ このノーザーフォーレストにそんな魔物いるわけないじゃないっ!」


 このノーザーフォーレストに生息する魔物は強力だが、基本単独で生活する群れない魔物ばかり。そんな集落を造るなど考えられない。


「真実ですっ! 本当に猫型の魔物でしたっ!」


 手下のいつにない必死の様相に、頭に上った血が急速に下がっていく。


「本当に猫型の魔物だったの?」


 はやる気持ちを全力で抑えて手下に異口同音の質問を繰り返す。


「へい! この目でしかとっ!」

「そ、そう……ここの先にあの超レア魔物が……」


 猫型の魔物といえば、【シープキャット】。レア中のレアの魔物だ。獣人に限りなく近い魔物であり、魔物好きの変態貴族に売れば、獣人族などとは比較にならない富を得られる。

 ただでさえ、本来、集落を形成するような高度な知性を持つ魔物は、イーストエンドの北にあるノースグランドにしかいない。このノースグランドは断崖絶壁の上にあり、その北部には四大魔王の一柱ひとり、アルデバランの支配領域が広がっており、人間には迂闊に手が出せない領域となっている。だから、天下の一流ハンターであっても【シープキャット】を捕獲するとなると、まさに最高難易度の案件となるのだ。


「いいじゃないっ! いいじゃないっ‼ つまらない仕事に味ができたじゃなーーいッ! 殺したらどんな味がするのかなぁ!」

 

 シュガーが恍惚の表情で己の全身を抱きしめながら叫ぶ。

 

「ちょっと、分け前は――」


 慌てて念を押すサドにシュガー不快に顔をしかめつつ、


「わかってる。若い女子供は好きにすればいい。私は強い魔物さえ刻めればそれでいいからぁ」

「そう。ならいいわ!」


 そっちの趣味か。だったら話は早い。腕の良い用心棒殺人狂はこの仕事ではむしろ最適だ。あの情報屋、この絶妙なチョイス。若いがいい腕をしている。


「で? どうするのぉ? 何なら私がやってやってもいいけどぉ~?」

「攻めればこちらにも少なからず犠牲がでる。当初の計画通りにいく」


 冗談じゃない。下手に動かれて商品を傷ものにされてたまるものか。あくまで用心棒シュガーは保険なのだ。


「あんたたちはそうでしょうねぇ。ま、いいけど、早くしてねぇ」


 欲望たっぷりな表情で再度身体を震わせる。


(けっ! 殺人狂へんたいがっ!)


 吐き捨てながらも、部下たちをグルリと眺め回し、


「予定通りにいく。各自、役目を果たせ!」


 その指示により、手下どもは動きだす。

 サドはその光景を眺めながら、


(アタイは運がいい! まさかこんなチャンスに巡り会えるだなんてっ!)


 未来の巨万の富を手にする己を思い描きながら、そう小さく呟いたのだった。

 

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