ノースグランド大蝕祭

第1話 魔王の苦悩(2)

 四大魔王――闇の魔王アシュメディアの居城――闇城玉座の間


 四大魔王アッシュメディアの居城、闇城の王座の間に列席する重鎮たちの顔には、皆例外なく悲壮感のようなものが色濃く漂っていた。


「また、勇者どもに敗北したのか……」


 この重鎮の一人のこの呟きは重鎮たちの今の心情を十分すぎるほど表していた。


「バベルに封じられておられたのは、伝説では太古に聖武神アレスとの死闘を演じ敗北した我らが悪神ではなかったのか?」


 一人の当然すぎる疑問に。


「そうだ! 人である勇者には絶対に神には勝てぬ! そう言ったのは翁、貴方ではなかったのですかなっ!」


 強い否定を含んだ非難の言葉に、青色の肌の老人は眉間に薄いしわを刻みながら両腕を組んで考えこんでいたが、


「前にも言うたろう! もし仮に勇者が神を屠るほどの強者なら、あの魔族嫌いな女の事だ。当の昔に我らは絶滅しておるはずじゃ! なのに我らは今もこうして生きておる!

 悪神の伝説はしょせん伝説。そういうことじゃろうさ! でなければ――」


 強い口調で反論していたが、最後だげが言いよどんでしまう。


「でなければ、何だというのですっ⁉ 貴方の策通りに事を起こし、私の部下たちは死んでいったのですよ!」


 青肌の青年将校が声を張り上げるのを契機に、再度、王座の間は非難の渦となってしまう。


「静まれ!」


 王座に座す少女アッシュメディアの声に、皆、奥歯を噛みしめて己の言葉を飲み込む。


「爺、あ奴らは無駄死にだったのか?」


 少女の問に、初めて老人は顔を悲痛に歪め、


「勇者どもは一匹もかけることなく生存していることからも、それは間違いないかと」


 そう断言した。


「そうか……無駄死にか」


 アッシュメディアは瞼に深い哀愁がこもらせつつも、黒色の石の天上を眺ながらそう繰り返し口の中で反芻する。


「まだ、ですじゃ! あくまで本作戦は勇者の勢力をそぎ落とすことが目的。我らの作戦の中核はノースグランドでの我らが大神の復活。ネイムから計画は順調に推移中との報告があります。そうなれば、必ずや我らが魔族の時代が訪れる!」


 青肌の老人は右拳を強く握りしめてそう力説する。

 だが、それに賛同するものはその場にはいなかった。むしろ、皆、苦虫を潰したような顔で口を真一文字に結ぶのみ。そして遂に――。


「私はどうしても、魔王アルデバランは信用できません! 魔族の時代がきても、民が圧制に苦しむならば今のこの現状よりもよほど酷いこととなる!」


 青肌の青年将校が叫ぶと、


「そうだ! 戦争で奴が我らの民に何をしたか、翁も忘れたわけではありますまいッ!」


 堰を切ったように次々に、拒絶の言葉を吐きだす。

 青肌の老人は俯き気味にそれらを黙って聞いていたが、


「じゃが、絶滅よりはよほどいいっ‼」


 破鐘われがねのような裏返った大声を上げる。


「ですが――」


 青年将校が何かを言いかけようとするが、


「見くびるなっ! お前たちが危惧しないことをこの儂が考えぬと思うてかっ! 考えた! 考え抜いた! じゃが……どこにもおぬしらが考えているような素晴らしい解決策などなかったんじゃ!」


 両眼から涙を流して、青肌の老人は激高する。途端に静まり返る室内で、


「爺、わかってるよ。その案を採用したのは余だ。すべての責は余、ただ一人にある」


アシュメディアは噛みしめるようにそう宣言する。

 すすり泣く声が反響する王座の間で、アシュメディアは立ち上がると、


「心配するな! たとえどんな結末を迎えようと、我らが民だけは守って見せる!」


 右手を掲げ、思い入った決心を眉に集めて声を張り上げる。

 人間族の勇者が望むのは魔族の絶滅。女子供の差異のない虐殺。それは勇者マシロの過去の行動からも明らか。

 一方、勇者に対抗すべくアシュメディアたち闇国が協力を求めたアルデバランは正真正銘の外道。己の民すらも、虫けらのように殺すクズ魔王。勇者亡き後、間違いなく闇国へも干渉し、非道を働く。

 だから、アシュメディアたちのとった策はまさに苦肉。毒を以て毒を制す行為に等しい。それでも絶滅よりはよほどいい。だから――。


(守って見せる。例え、この身を犠牲にしようとも!)


 アシュメディアの小さな魂からの決意の言葉を口にするが、重鎮たちの半場ヤケクソのような己を奮い立たせるための咆哮により遮られてしまった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る