第2話 少年たちの勘違い

 イーストエンド――新都市ケット・グィー


 私たちは現在、中立学園都市バベルから、ケット・グィーへ戻ってきていた。

 本来、試験から一か月後に合同入学式が開かれて、晴れて学院生活が始まる予定だったが、今回の副学院長派とギルバートの不正の事後処理及び、イネアの電撃引退よる余波により、一時的にバベル全体が機能不全となる。結果、とても入学式などやっている余裕などバベルにはなくなり、半年間のバベル内の全学院休校の命が下されることとなる。

 やることがなくなった私たちは一時的に、ケット・グィーに帰ってきたってわけだ。

 私たちだけの帰還のつもりだったのだが、ソムニとテルトは既に過去とは縁を切っており、すぐに修行を始めたいと強く主張。ザックも弟弟子たち二人ができたのが相当嬉しかったのか、ノリノリでそれを支持。

 私も特に否定する理由もなかったことから、ケット・グィーへ二人を連れてきたところだ。

 ちなみに、ライラとルミネは故郷であるラムールには戻らず、このままバベルで生活するらしい。ライラからはかなり強めに会いに来るように言われたから、ちょくちょく顔を見せる必要があるだろうが。

ライラがああも笑顔で自分の要望を突き付けてくることは滅多にない。まあ、アスタの転移能力があれば、バベルとこのケット・グィーとの行き来は一瞬だし、別に構うまいよ。

 

 二人はアリスたち【迷いの森】たちの魔改造をした都市をポカーンとした顔でしばし眺めていたが、すぐに好奇の目を瞠みはって周囲をくまなく観察し始めた。

確かに改めて見ると、この景色は相当異様だ。

 規則正しく敷かれた石造りのタイルに、様々な形の建築物。噴水のある公園に、大浴場のようなものまである。ここだけはバベルと比較しても何ら遜色はない。

もっともまだ人口が圧倒的に少ないから規模はこじんまりとしたものなわけだが。


「ここが師父の治める都市!」


 ソムニが興奮気味にそんな見当はずれな感想を叫ぶ。

 ザックが先輩風を吹かせて、ソムニとテトルに色々あることないことを吹き込んだせいで、二人まで私を師父をと呼ぶようになってしまう。その呼称をやめるように言っても翻意する気がないので、仕方なく一般にはカイと呼ぶように厳命して放置することした。私にとって呼称など些細なこと。面倒ごとに巻き込まれなければあとはどうでもいいのである。


「いやいや、何を勘違いしている。ここの統治者はローゼであり、私ではない」


 冗談ではない。私のあの説明のどこをどう理解すれば、私がこの都市を治めるという結論になるのだ? これもすべてザックが諸悪の根源だ。非難の視線を向けると、


「俺は師父のやったことを偽らずに二人に伝えただけだぜ」


 あっけらかんとザックはグビグビとネメア特製のとっくりの中の果実酒を飲みながら返答する。あの酒、ネメアと酒呑が開発した増強剤入りの酒だそうだ。正直、あいつら妙に凝り性なところがあるから、尋常ではない特製のある酒なのだろう。まあ、あいつらがザックを私の弟子と認識している以上、安全性には問題あるまい。ザック本人も喜んでいるようだし好きにさせるさ。


「偽らずに伝えたら、それはこうなるのであろうな……」


 半眼でソムニとテトルを眺めながら、納得気味に呟くアスタに、


「本当にそうですね」


 ローゼも肩を竦めて頷く。


「ともかくだ。この都市のあるじは私ではなく、そこのチンチクリン王女だ」

「チンチクリン王女とは、どういうことですかぁ?」


 崩さない笑顔で額に青筋を立てつつも、王女とは思えぬドスのきいた低い声を上げるローゼを当然のごとくガン無視する。


「このイーストエンドの統治者はローゼ。私ではない」

「でも、さっき、教会のような場所の前に師父の石像が立ってありましたよ」

「何ぃッ⁉」


 テトルの口から途轍もなく不吉な台詞を耳にして、思わず都市で唯一の教会へと視線を向けて、思わず吹き出してしまう。


「な、なんだ、あれは?」


 ギリメカラを先頭に私の石像に向かって祈りをささげている複数の都市住人達。


「御方様のおっしゃる通りですよ。ここを治めているのはあくまでローゼ様です。御方様は王などというそんな陳腐なものではない! 我らが信仰すべき神! そう! まさに絶対不可侵の御方っ!」


 脇で聞いていた血走った目で高説を垂れるルーカスに、


「阿呆、ルーカス、ぬかせぇ! 旦那は我らが至上の王や!」

 

 突如、太陽と鴉のタトゥーを右頬に刻んだ紅のぶかぶかの服を着た集団が現れ、その中で丸渕をした金髪の優男――オボロが叫ぶ。


「取り消しなさい、不敬ですよ、オボロ」


 ゴキリッと悪質な笑みを浮かべたまま翻意を促すルーカスに、


「誰が取り消すかぁ! 旦那は誰がどういおうと我らが王! それ以外は絶対に認めんし、譲らへん!」


 額に青筋を立てて睨め付けるオボロ。

 睨み会う二人に、他のメンツはもはや反応すらしない。アンナなどファフとミュウの手を引いて鼻歌を歌っているし、ザックは眠そうに大きな欠伸をしている。


「だそうですよ?」


肩を竦めて悪戯っ子のような意味深な笑みを浮かべてくるローゼ。


「お前……」


 さっきチンチクリン王女扱いされたことの意趣返しのつもりだろう。相変わらず、狭量な奴め!

 ともかく、あの石像は誤解の元だ。あとで撤去させるとしよう。


「ともかくだ。私はローゼのロイヤルガード。いわば、相談役のようなものだ」


 これで納得するかは知らんが、これ以上の説明はよりドツボにはまりそうなのでやめておくのが吉だろうな。私にとって不都合な話題を変えるとしよう。


「で? フェリスは今どうしている?」

「姫様にも後々、拡充する都市を治めていただかなくてはなりません。ゆえに、今色々覚えていただいている最中です」


 歌うように声を弾ませて返答するルーカスの様子から察するに、おそらく禄なものじゃないな。まあ、フェリスの教育を命じた図鑑の魔物たちも張り切っていたし、ルーカスはフェリスには実の娘のように甘々だ。その点は心配していない。  


「これから半年の方針を話したい。フェリス達、この都市の各部門の代表者を一度領主の館に集めろ」


 バベルの入学試験のせいで、一時会合が中途半端に中断していたからな。一定の方針は決定せねばなるまい。


「はッ!」


 恭しく一礼すると、ルーカスは姿を消す。


「では私たちも行くぞ」


 成り行きを見守っていたソムニとテトルを連れて私たちも領主の館へ向かった。



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