第37話 窮地とその終わり デイモス
頭部が四角の黒服ゾンビは指をパチパチ鳴らすと、上半身を仰け反らせて、
『偉大なる御方のぉ御言葉を伝えるぅぅ♪ 皆、平服してその意に従え♬』
尊大に宣う。
あまりのくだらん戯言に当初、頭がフリーズしていたが次の瞬間、憤怒が爆発して、
『て、低位のアンデッドごときが、舐めた口をっ!』
とても今や
ルーカスも薄ら笑いを浮かべつつも、両手をボキボキと鳴らして頭部が四角の黒服ゾンビに、
「不快です。不快ですねぇ。この我らに向かって偉大な
声を上げてゆっくりゆっくり黒服ゾンビに近づいていく。
あれは止まらぬ。デイモスたちにとってこいつの今の発言は最大の侮辱。狂わんばかりに信じるものに唾を吐きかけられたに等しい。きっと今のルーカスを止めるのはこの世でもあの御方以外は不可能だろう。
『腐王様は寛大な御方ぁ♩ そして、今はアルスとの戦争に多大な戦力が必要ぉ♪ 魂からの服従を誓えば命くらいは残せる――わけがない、ない、ないないない♬』
気が付くと、リズムカルに指をパチパチ鳴らして宣う四角顔ゾンビの背後に立つルーカス。そして、その頭部を鷲掴みにすると――。
「不快! 不快! 不快! 不快! 不快! 不快! 不快! 不快ふかいかいかいかいかいかいかいかぃぃぃぃーーーー!!」
目を血走らせながら、地面に頭部を叩きつける。叩きつける度に生じるクレーター。それらはより大きく広がっていく。
ダメだ。案の定。完璧に怒りで理性が吹っ飛んでいる。気持ちは痛いほどわかるが、これ以上やるとライラ様の寝ている建物さえも壊しかねぬ。
『ルーカス!』
デイモスの制止の声に、ルーカスはピタリと止まると途端に笑顔になると、
「いけない、いけない。少々やりすぎてしまいました」
既に原型すら留めぬ肉片から離れると、血まみれの手袋を振うと胸ポケットからハンカチを取り出して拭く。
『少々ではないと思うんだが……』
今の一連の挙動、デイモスすらも一切微塵も認識できなかった。ルーカスの奴、また腕を上げたのか。本当にこの男、人間なんだろうか? オボロとルーカスは日を追うごとによくわからぬ生物に変貌しているような気がする。
「腐王とかいう不快なクズの情報は十分に聴取しなくてはならないですからねぇ」
ルーカスが離れるやいなや、その肉塊はまるで時を巻き戻したように急速に衣服まで元通りに復元してしまう。
頭を振って立ち上がる四角顔のゾンビに、奥から星顔のゾンビ女が姿を現すと、
『シカク、この者共は他神の使徒ですぅ♪ 用心しなさい♬』
歌いながら注意を喚起する。先ほどとは一転、四角顔の怪物も奇妙なダンスを止めて重心を低く身構える。
「デイモス、ここは私に任せてください。我らが神を愚弄した罪、このクサレ愚物どもにその身をもって味合わせて差し上げます」
ルーカスは顔を笑みで凶悪に歪ませる。どうやらルーカスには己の独自の騎士道がある。それに背くものにはこの男はとことんまで冷酷だ。そしてこの事件を起こしたクズ共はその騎士道に真っ向から反している。本来、タムリもトウコツもルーカスがもっとも嫌悪する人種だ。至高の御方の計画ということで、我慢はしてきたんだろうが既にルーカスの怒りは爆発寸前だったのだろう。
『わかっ……!!?』
了承の言葉を吐こうとしたとき、デイモスが召喚した骸骨騎士どもが軒並み消滅するのを感知する。
『まさかッ!』
咄嗟に建物の中へ入るが、既にライラ様が寝ているはずの椅子のベッドはもぬけの殻だった。
即座に建物から出ると、
『ライラ様が攫われたッ!』
声を張り上げる。
一瞬の膠着の後、ルーカスはしばし身を震わせていたが、
「クソどもガァァァっ!! 至高の御方の大切な方を攫うだとぉ!? もう貴様らは楽には滅ぼさん! 生き地獄が生易しい地獄を味合わせてやるッ!!」
顔を憤怒一色に染めて天へと吠える。
『私はライラ様を奪還する!』
走り出そうとするが、
『させるわけありませんのでぇ♬』
星顔の女に阻まれる。こいつらは我らと同様、この世界の一般の理の埒外にいる存在。要するに、ギリメカラ様のいう他神の勢力という奴なんだと思う。
まったく、まさか神話の戦いに自分が駆り出されることになろうとは夢にも思わなかった。だが、この戦いは至上の主の大切な人間の安否が関わっている。是が非でも負ける事は許されん。
「デイモス、早くライラ様をッ!」
ルーカスの姿がぶれると星顔の女の両腕が弾け飛び、次いで四肢がぐちゃぐちゃに拉げる。遂で四角顔の男の全身が黒色の炎に焼かれて燃え上がる。
デイモスが遺跡の奥へと進もうとするが、星顔の女の頭頂部から肉塊が多量に盛り上がり、周囲へと広がって巨大な肉の壁を形成し、デイモスの行く手を阻む。
『逃がすわけありませんのでぇ♩』
まずいな。星頭と四角頭よりもルーカスの方が強者なのは疑いない。まともにぶつかればまずルーカスが勝利する。だが、ルーカスとデイモスが他神の使徒と判断してから、奴らから慢心のようなものが消えている。完璧に時間稼ぎをされている。しかも、デイモスの予想が正しければ、今この状況ではルーカスはこいつらとの相性が悪い。このままでは、最悪ライラ様の身に危険が及ぶ。それだけは避けなければならない。
確かに主から守護するように指示されていたのはデイモスだ。だが、機動性では圧倒的にルーカスの方が上。今はメンツにかかわっているときではない。
『ルーカス、私がこいつらを引きつける。お前はライラ様を取り戻せ!』
加護――【魔導の極致】を発動し、魔力の量と強度を大幅に底上げした上で、デイモスのとびっきりの伝説級魔法をお見舞いする。
『
奴らの傍にいくつもの紅の炎の球体が発生し、それらは瞬く間の内に広がって行き、回避しようとする星顔と四角顔を背後の肉の壁ごと飲み込んでしまう。
超高熱により肉の壁はドロドロに溶解するが、より一層肉が盛り上がり、先ほどの数倍の厚さと高さとなる。
『無駄ですのでぇ♩ 私たちの再生能力は貴方ごとき、下等なアンデッドに破れるものではありませんのでぇ♬ それに攻撃すればするほど――』
ルーカスが壁を切り刻むがやはり、逆に盛り上がるだけで益々道は塞がれてしまう。
『そうそう♪ もう少しで腐王様が新たな肉体を得られる♩ そうなれば我らの力も増大! アレス軍など楽々打倒できるぅ♬』
四角顔の男が得々と宣ったとき、涙と鼻水で顔をグシャグシャに濡らしたスキンヘッドに巨躯の男が建物の前に転がり込んでくると、
「ここだっ! ここに連れてくるよう指示を受けたんだっ!」
震える右手の指先を建物へ向けて金切り声を上げる。
そのスキンヘッドの男の視線の先には、デイモスたちの至高の主が佇んでいたのだった。
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