第26話 実際の実力 ソムニ
それから、暫くソムニたちは探索を続けた。ま、探索といっても低位のアンデッドばかりで、ソムニやエッグたちはもちろん、同行している三人の少女たちも危なげもなく倒せるものであり、既に遊び同然のものと化していたわけだけど。現に、エッグは少女たちと夜の街での食事について話しており、ろくに戦闘に参加してすらいない。
唯一ライラだけは、今も注意深く周囲を観察していた。その姿を、エッグや少女たちは臆病者とことあるごとに嘲笑している。
そんな中、
「っ!」
ライラが何かに気付いたように形の良い右眉を上げると腰の長剣を抜き放ち、重心を低くして油断なく周囲を眺めまわして、
「マズイですわ」
そう注意を喚起する。
「マズイ? 何がさ?」
彼女はアンデッドの気配には敏感であり、今までも数度察知してみせた。今回もどうせ雑魚アンデッドだろう。
ソムニほどではないが、ライラの剣技がかなりの腕なのは認める。だが、彼女はいささか慎重すぎる。いや、あれはもはや臆病と言った方が適切かもしれない。この程度の試験に出没するアンデッドなどたかが知れている。いかに油断をしようとこんな低位のアンデッドどもにこのソムニが後れを取るなど考えられないというのに。
「ソムニさん、聞いちゃダメですよ。彼女、あの雑魚、アンデッドが怖くて怖くて仕方ないんですって」
一応尋ねたソムニに、エッグが小馬鹿にしたように揶揄うと、少女たちからもどっと嘲笑が湧き上がる。
「剣を抜きなさい! 囲まれてますわ!」
そんなエッグたちなど視線すら向けようともせずに、やはり、周囲を見渡しながら早口でそう小さく叫ぶ。
「囲まれてるぅ? 妄想もそこまでいきまちたかぁ?」
詰め寄ろうとするエッグに、
「いいから、戦闘態勢を取りなさいっ!」
額からポタポタと玉のような汗を流しながら、ライラが声を張り上げる。
「だからぁ、何がいるってんだよぉ」
エッグは不快そうに顔を顰めながら、森の奥へとエッグは歩いていく。
「それ以上行ってはダメ!」
必死に叫ぶライラにエッグは振り返ると、
「そんな演技はいらないよぉ。怖いなら怖いっていえば可愛げがあるのにぃ」
馬鹿にしたように右手をプラプラ顔の前で数回振る。
「残念だが、その女が正しいぜ」
「へ?」
その言葉とともに突如、エッグの右腕がボトリと地面に落下する。
「……」
しばし、まき散らされる鮮血を眺めていたが、直ぐにエッグは切断された右腕の断面を掴みながら、大絶叫を上げて、地面をのた打ち回る。
そして、いつの間にか悶えるエッグの前には大きな曲刀を持つスキンヘッドの男が佇んでいた。
「……」
エッグの右腕を切断されたのだ。あのスキンヘッドの男がこれをやったのは明らか。つまり明確な敵であり、今すぐ戦闘態勢をとらなければ、死しかないはずなのに、頭は真っ白でただ切断された右手を抑えながら痛みに悶えるエッグを茫然と眺めるのみ。
今まで人の死を間近に感じたことはなかった。だからだろう。どうしても、この現実を上手く認識できない。許容できない。
「ぼさっとしていないで、剣を抜きなさい! 死にたいんですのっ!?」
「あ、ああ」
壮絶に混乱する頭の中、ライラに促されるがままに頷き腰の長剣を抜く。
スキンヘッドの男はそんなソムニを一瞥すると、ライラに視線を固定し目を細めて、
「ほう。餓鬼にしちゃあ、中々やるな」
空手の左手で顎を摩りつつそんな感想を口にする。
ここまで眼中にないという態度を取られたのは初めてだ。だからかもしれない。不謹慎にも腹の底から凄まじい屈辱が湧き上がり、
「貴様、エッグから離れろッ!」
激昂していた。
スキンヘッドの男は初めて億劫そうにソムニを見ると、
「あーあ、お前が依頼の坊ちゃん剣士か。お前ぇ、この状況わかってんのか?」
顎を数回拭くと肩を竦めて嘲笑を浮かべる。
「いいから、離れろっ! さもなければ――」
「お前が、俺を殺すってか?」
スキンヘッドの男は曲刀の剣先をソムニに向けてくる。
(ひっ!)
男のたったそれだけの挙動で口から悲鳴が出そうになる。
「そ、そうだ!」
今も身体が縮み込んでしまっているのを自覚しながらも、どうにか自らを奮い立たせ、喉の奥から吠えた。
「無理だ。無理だねぇ。実力はもちろんだが、お前、ド素人だろ? みてりゃわかる」
「ふざけるなっ! 僕は神聖武道会ベスト4の実力だぞっ! 貴様なんぞに遅れは取らないっ!」
スキンヘッドの男は目を細めてソムニを凝視していたが、小馬鹿にしたように鼻で笑うと、
「めでてぇなぁ。お前からはまったく脅威を感じねぇ。お前の実力はこの雑魚と大差ねぇよ」
痛みにより、地面に這いつくばり悲鳴を上げているエッグの頭を踏みつけると、侮蔑の言葉を吐く。
「だから、エッグから離れろって言っているだろっ!」
そう叫ぶソムニに、心底呆れたようにスキンヘッドの男は大きなため息を吐く。そして初めて常に浮かべていた薄ら笑いを消し、
「俺にこいつから離れて欲しいんだったら、言葉ではなく力で示せ。それが俺達、武で生きるものの世界だ。要するに、弱い奴はぁ――」
凍てつくような冷たい声色で語り、
「されるがままってやつさ」
その言葉とともに曲刀をエッグの右の太ももに突き立てる。
「ぎぃぐぁぁーーー!」
エッグの口から上がる甲高い絶叫。
「や、止めろ!」
「だから、口じゃなくて、行動で示せと言っただろ?」
ぐりぐりとエッグに突き刺した曲刀を捩じり上げるスキンヘッドの男。
「くそっ!」
助けにいくよう己の足に命令をするが微動だにできない。
「なんでっ!?」
混乱する中、必死で動こうとするが、やはり叫ぶことしかできなかった。
「教えてやる。それはお前が弱いからだ」
「僕が弱い⁉ 僕はギルバート殿下の最年少の聖騎士だぞ! 神聖武道会以外にも様々な大会でも上位入賞したことが――」
「そういう建前じゃねぇんだよ。お前は戦で飯を食う者として最も必要なものに欠けている。だからこんな目に合うのさ」
スキンヘッドはエッグの太ももから曲刀を引き抜くと、巨体とは思えぬ機敏な動きでソムニに接近する。
「え?」
ソムニの口から漏れる間の抜けた声。
「別にお前を五体満足で連れてこいとは言われちゃいないし、ここで面倒な口が吐けねぇまで切り刻んでおくとしよう」
スキンヘッドの男はそう独り言ちると曲刀を振り上げる。
この状況に上手く思考が働かず、ただボーと奴の挙動を眺めていたとき、
「伏せなさい!」
女性の叫び声が鼓膜を震わせる。
突如ソムニの身体を支配していた見えぬ縛りが解けて、思わず地面に這いつくばる。
直後、金属の衝突音。咄嗟に顏を上げると、ライラがスキンヘッドの男が振り下ろす剣を受け止めていた。
「へルナー流剣術、初伝
ライラの長剣がスキンヘッドの男の曲刀を払うと同時に、小波のごとく滑らかな挙動を描き、その首へと迫るが、背後にバックステップし避ける。
「お前、今、俺を殺そうとしやがったなぁ? 雌ガキぃ、お前だけは合格だっ!」
スキンヘッドの男は舌なめずりをすると、初めて重心を低くし、構えを取る。
「ここは、
「し、しかし……」
言い淀むソムニに、
「いいからぼさっとしないッ!! エッグはもう限界ですわッ!!」
ライラの落雷のような鋭い声が飛ぶ。
「っ!?」
弾かれたように、傍で横たわるエッグに駆け寄ると、震える手で袖を破き、それで今も流れ出るエッグの右腕を縛って担ぐと、三人の女性たちの傍までいくと、
「一旦、広場まで戻る! ついてきて!」
そう彼女たちを促して元来た道を走り出す。
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