第20話 そう怯えるな

 ふむ。私の今回の試験であるチームメイトの二人、ラムネとキキ、こいつら一般人ではないな。強い弱いとは関係なく死線を超えたものには、独特の雰囲気がある。素人を振舞っているが、周囲への注意の配り方や歩き方一つとっても、他の生徒とは段違いに精錬されている。多分無意識なんだろうが、だからこそ偽れぬ。

 だとすると、この二人は何者だろうな? 学院側の回し者だろうか? 最近悪目立ちしているから、私の監視だろうか?

 いや、流石にそれはいささか自信過剰ってものだ。学院が私を監視しても大した意義はない。きっと、あの馬鹿王子関連だろうな。何せ、公衆の面前で無理やり飯を食わせたし、根にくらい持たれている。

 私に直接喧嘩を売ってくるならそれもよし。子供の戯れに遊んでやるのも一興。

だが、万が一、あの馬鹿王子が人としての一線を踏み越えているなら、それなりのしつけが必要となる。此度は前回のようなヌルイしつけせぬ。徹底的にやってやる。

それよりもだ。どうやら嫌な予感が的中したようだ。

 現在、チームメイトのラムネとキキなどお構いなしに神眼の効果範囲で、ローマンとルミアを追跡していたわけだが、目下同じチームの茶髪坊主の少年に襲われている最中だ。

 あの手慣れようからいって、オボロ達同様、裏の住人なのだろう。

 どの道、ここでこんなお飯事をしている余裕はない。今の私にとって二人を見捨てるという選択肢はない。

 10万の時を生き、己について分かったこともある。私はかつて自分が想像しているより、ずっと我儘で、短気で、根暗で、正義感など皆無だってことだ。

 もし、ローマンを本気で憎んでいたのなら、悪感情くらい湧く。それが、10万年後の再開で感じたのは、奇妙な懐かしさのみ。私にとってローマンはしょせん、世話のかかる弟のようなものだったということだろう。

 ま、流石の私も10万年前のあの程度の子供の小競り合いごときで恨むほど、尻の穴が狭くはない。遥か昔喧嘩していた従弟に向ける感情など、こんなものだろうさ。

そしてそれはルミネも同じだ。今はこの上なく扱いずらい性格になっているが、あー見えて、幼い頃はライラよりも私に懐いていた時期もあったくらいだしな。いつの間にか、ライラにべったりになって、私を敵視するようなったわけだけど。

 ともかく、私にとって二人は手のかかる子供にすぎぬ。あんなクズ共の玩具にくれてやるほど私は我慢強くはない。というか、このタイミングだ。十中八九、あれは塔の関係者に雇われたんだろうしな。

 どうやら、私を本気で怒らせたいようだ。いいだろう。これを仕組んだクズには相応の扱いをしてやる。

二人に向き直ると両腕を広げてニカッと笑い、


「ここで提案なんだが、いいかね?」


 話を持ち掛ける。

 二人は私の姿を一目見ただけで顔を強張らせて僅かに重心を低くして身構えた。

 

「なんですか?」


 余裕を見せているつもりだろうが。迷宮内で常に私に向けられていた感情がありありと二人からは読み取れる。あと、一押しというところか。

 私は独自の歩行術により、二人の背後に移動して、両腕をその首に回し引き寄せる。そして、魔力を込め始めた。こうすると、大抵、あのイージーダンジョンの魔物たちは震えあがるのだ。対人間も似たようなものだろうさ。


「そう、怯えるな。別に取って食いやしない。ただ、ここからは私の好きにさせてもらう。もちろん、お前たちも好きにすればいいさ。だが、一つだけ忠告をしておこう」

「忠告?」


 金髪をおさげにした女から、おどけた様子が消失しており、息を荒げながらも、そう震え声で疑問の言葉を絞り出す。


「私の邪魔をするな。私を怒らせるな。私を不快にさせるな。もし、させれば――」


 一旦言葉を切る私に、


「さ、させれば?」


 僅かに震える声でラムネはオウム返しに繰り返す。


「潰す。お前たちが組織であろうが、個人であろうが、欠片も残さんほど念入りにな」

 

 二人の耳元で囁く。

 二人の五月蠅いほど嚙み合わされる歯の音をバックミュージックに、


「だから怯えるなと言ったろ? 今は何もしないさ。あーそうだ。今はな」


 二人に背を向けると、私はローマンとルミネの元へと走り出した。




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