第14話 裏がありそうな実技試験

 実技試験の集合場所は、バベルの北にある【華の死都】前の広場だった。

 【華の死都】はアンデッドの群生地帯であり、難易度によりエリア1~5まで分けられている。そしてこの【華の死都】のエリアにより、厳格な立ち入り制限があるらしい。

 具体的には最も浅いエリア1が都市バベル所属の二学年以上の上級生や最低ランクのE〈新米〉以上のハンター。

 エリア2は都市バベルの四学年以上と塔在籍の学生。及びD〈中堅〉以上のハンター。

エリア3はバベルの『塔』、所属の最終学年以上と、C〈ベテラン〉以上のハンター。

 エリア4以上はバベルとハンターギルドの許可したもののみとなっている。

 ちなみに、エリア5はまだ未達領域のようだ。この数万年間、命懸けの肌がヒリツクような冒険などしてはいない。このような禁止区域に自由に入れるなら、ハンターランクを上げることにも一定の価値はあるのかもしれん。


「そろそろか」

 

 周囲をグルリと見渡すと、既に広場は受験生で満たされていた。これだけ多いとライラ達の姿は確認できぬ。ま、あくまでこれは試験であり、バベルとハンターギルドの仕切りだ。そう危険なことになることはあるまい。ライラたちなら心配ないと思われる。念のため、試験が開始されたら、討伐図鑑の者たちに追跡させた方がいいかもしれんな。

 そんなことを考えていると、実技試験のバベルの職員たちが現れる。当然私にはバベルの試験官になんぞ知り合いはいない。そのはずなのだが、二人ほど目にしたことがあった。

 一人は頭に真っ赤なバンダナをした剣士風の男。神聖武道会に出場していた剣士だ。ブライ・スタンプとかいう名だったな。ザック同様、相当スジがよかったので記憶に残っている。バベルの職員だったってわけか。ま、剣士としては未熟だし駆け出しの新米だろうけども。

 あと一人は知り合いというほどではない。いつぞや路地裏の色黒の露出度の高い女だ。バルセを中心とするハンターのはずだが、なぜこのバベルにいる? いや、この女だけじゃない。アルノルトもこの都市に所用で来ていた。勇者もこの都市にいると聞く。どうにも嫌な胸騒ぎがする。私のこの手の勘はよく当たる。もしかしたら、この試験、荒れるかもしれん。

 純白のローブを着た長い金髪の壮絶美女が壇上に上がると、


「静粛に」


 注意を促す。その声は厳しいものでも大きくもなかったが、一瞬で静まりかえる。

 この女、どうして中々人心掌握に長けていると見える。バベルの職員全員が、恭しく頭を深く下げていることからも、バベルでも相当重要人物なのは間違いあるまい。

まあ、あの女がどこの誰だろうが私にとって心底どうでもいい事ではあるのだが。

 白色のローブを着た金髪の女はグルリと一同を見渡し


「私はこのバベルの学院長のイネアです。どうぞよろしく」


 軽く一礼すると、自らの名と身分を名乗る。

 学院長ってことはこのバベルのトップ。そして、あの長い耳。彼女はエルフ。そしてあの一切の無駄のない威厳に満ちた態度。数十年程度しか生きていない小娘に出せるものではない。実際には私同様、遥かに歳をとっているんだろう。


「皆さん、午前中の適性試験ご苦労様でした。ですが試験の本番はこの実技。これで皆さんがこの学院都市バベルに学生として入学できるのか、そして入学する学院が決定します」


 奇妙なほど静まりかえる中、誰かの息を飲む音がシュールに響き渡る。

 そりゃあ、私のようなごく一部の例外を除いてこの場に人生を賭けて来ているものが大半だろうし、当然の反応だろうな。


「では早速ルールを説明させていただきます。まず、三人一組のチームを組んでもらいます」


 波のように沈んでは起こる雑然とした声に、


「静まれ! 学院長の御言葉の途中じゃぞ!?」


 すぐ傍に立つ緑色の豪奢なローブを纏いとんがり帽子を被ったムキムキのマッチョな老人の激昂にピタリと嘘のように声は止む。

 あの偉そうな態度から察するに、あの老人もこのバベルでかなりの地位にあるんだろう。


「そのうえで我ら塔側が放ったアンデッドを討伐してもらいます。アンデッドの強度によってそれぞれ100点、50点、10点、スカの四つが割り振られ、制限時間内にその得点数を競っていただきます」


 中々面白い趣向の試験だ。これはただ点数が高いアンデッドを倒すという単純なものでは高得点は獲得できまい。評価の対象となるのは、自分たちのチームに適した強度のアンデットをどれほど多く制限時間内に討伐できるかだ。そして、より最も問題なことがある。


「少々、質問してもいいかね?」


 右手を上げて尋ねるとほんの一瞬だったが、学院長の右の眉がピクンと跳ね上がる。そして――。


「おい、貴様、儂は学院長の御言葉の最中だと先ほど言ったはずじゃぞ!?」


 緑色のローブの巨体の老人が額に太い青筋を張らせながらも、ドスの聞いた声を上げてくる。

 ゴクッと学生たちが喉を鳴らす音が聞こえる。


「構いません。なんですか?」


 イネアは眼球を向けるだけで巨体の老人の発言を抑えると静かに問いかけてきた。


「この試験では、他のチームを襲撃することは許されるのかい?」


 私の質問に先ほどとは比較にならない豆が爆ぜたような騒がしさが生じる。

 イネアが右手を挙げると、やはり、ピタリと喧騒が止まる。イネアは軽く頷くと、


「他のチームを襲撃し、各自が持つバッチを三人とも奪われればそのチームは失格となります」

 

 私の予想通りの返答をした。


「二人までなら奪われても問題はないと?」

「ええ。失格はあくまで三人同時に奪われた場合です。加えて、バッチは試験終了後、その獲得したバッチの保有する点数が加算されます」


 バッチの保有する点数ね。大方、アンデッドを倒すごとにそのバッチとやらに点数が加算される魔法的な仕組みでも施しているんだろう。確かにアンデッドには人や動物を不死者へと変えるというという呪いがある。たかが学生の試験で学院側がそんな危険なことを許可することには違和感があったが、呪いの効果を消失させる他、様々な改造でも為されているんだろうさ。


「制限時間終了後に、バッチをチームの一人以上が所持していることが最低条件だと?」

「はい。もちろん、に命を奪うような行為は厳禁です。度が過ぎる攻撃も減点対象とさせていただきます」


 中々刺激的すぎる試験内容だよな。この点、ローゼから、普段の実技試験は神聖武道会のような集団戦で人数を絞った上での個人戦と聞いていた。それがこの変わりよう。辻褄が会わないことが山ほどある。やっぱり、この試験、裏があるな。


「了解した」


 もう聞くことはない。あとはなるようになるだけだ。


「委細のルールの説明と組み分けについては、担当者から発表がありますと思います。

 それでは皆様受験生の方々の健闘と安全を心からお祈り申し上げております」


 学院長が壇上から降りると、バベルの職員たちによっていくつもの大きな立て札が立てられ、剣士ブライが壇上に上がって試験のルールの委細について話始める。

実技試験はこうして開始された。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る