第2話 マンパワーが足りない
「下級ポーションは100億オールで売れたネ!」
Vサインに得意げに報告するリンリンの言葉に、ローゼの隣のフェリスが飲んでいたお茶を吹き出した。
「ひゃ、100億ぅぅッ!!?」
震え声で繰り返すフェリスに、実際予想していたローゼは顔色一つ変えずにお茶を啜っている。
ザックにいたっては興味すらないのか、大きな欠伸をしていた。ホント、お前戦闘以外の興味が一切ないのな。まあ、アスタも本を読んでいるし、似たようなものだが。
「100億か。タオ家への支払い、人件費や維持費を差し引いても優に40億は新事業に回せる。とすると当面の課題はマンパワーか」
マンパワー――人的資源。経済でもっとも重要なファクター。それがこのケット・グィーには致命的に欠けている。第一、ポーションの販売数が限られている以上、これからこの領地を発展させるには新事業が必要。その候補のいくつかは既に想定しているし、やりたいことも沢山ある。だが、生憎肝心要の労働力が足らない。
「ええ、【朱鴉】は防衛、【迷いの森】は都市開発の要、新事業に避ける人員はありません。そしてそれは80人そこらの風猫も同じ。始めるにしても、圧倒的に人員が不足しています」
領主が無能なほど不幸なことはない。理想だけでは何もつかめやしないんだ。故にローゼには日々、私が激選した経営に関する迷宮産の本を与えて読ませている。結果、ローゼは乾いた布が水を吸収するがごとく、経済に関する知識を獲得していた。
「ああ、新規の住民を増やすしかない」
私の計画には数万単位の人員が必要。確保するしかないが、そもそもイーストエンドの一番ネックは住民がいないことのわけだし、簡単に見つかるならこうも苦労していない。
「カイに心当たりは?」
「悪いがないな」
私の否定の言葉にローゼはジト目を向けてくると、
「それって本心ですか?」
疑心たっぷりに尋ねてくる。
あのな、私はお前たちが信仰する全知全能とかいう胡散臭い神とやらではない。知らぬものは知らん。
「あーあ、今回は大マジだ。生憎、通常の方法では心当たりがない。どうしたもんかね」
両手の掌を上にして肩を竦めて見せる。
「こ奴らのように、裏社会の者達を補充してみてはどうじゃ?」
三大勢力に親指の先を向けてフェリスが提案してくるが、
「却下だ」
それを即座に否定する。
「なぜじゃ? 妾には妙案に思えるんじゃが?」
「既に状況が激変しているからさ」
「そうネ。今回のポーションの販売で今やこの都市は世界中の裏社会の注目の的なのネ。おまけに、既に我ら【タオ家】が手を組んでいるのは広まっているはずネ。そんな鉄火場のような状況で、リスク覚悟で領民になるのは他の組織の間者か、欲望塗れのクズだけなのネ」
リンリンの発言通り、既にこの都市の情報は情報屋を介して裏社会中に広まってしまっている。裏社会と繋がりのある豪商たちの耳にもボチボチ入ってくるだろう。つまり、ここで裏社会の者を受け入れる事は内部に他組織のスパイを抱え込むことになる。それは愚策中の愚策なのだ。
「同じ理由で奴隷商どもを通じて奴隷たちを見受けするのも駄目だ。世界と関わりを断っている世捨て人のような集団でなければならぬ」
「それは確かに、かなり難しいですねぇ」
ルーカスがしみじみと私達の前に横たわっている深い溝を口にする。
「ああ、難しいさ。どの組織にも所属せず。誰からも関わらず生きている人間などいやしない。もし、いたとしても直ぐに野垂死んでしまうのがおちだからな」
「しかし、でも
口角を吊り上げて今丁度口にしようとしていたことを尋ねてくる。
「いや、別に特殊な方法ではない。ただ、少々毛色が違う者たちなだけだ」
「それは⁉」
鬼気迫る非情で身を乗り出してくるローゼに、若干ドン引きしながらも、
「北側の魔族の勧誘だな。この森の北部に住む魔族は、過酷な環境から貧困にあえいでいると聞く。勧誘すれば乗ってきそうではあるが、四大魔王の
掻い摘んで説明する。
「当たり前です! 今アメリア王国はその魔族と戦争しているのですよ。このタイミングで魔族を領民に迎え入れたとなれば、アメリア王国政府、いや全人類を敵に回すことになります!」
相変わらず面白いな。タイミングという言葉からも、将来的には魔族を受け入れる構想はあるんだろう。狂信的なアメリア王国王族とは思えぬ思考だ。
「ああ、だから毛色の違う者たちだと言っただろ」
ローゼはしばし警戒心たっぷりの表情で私を凝視していたが、私が魔族の勧誘を端から度外しているとわかると、ようやく安堵したのか、
「既存のどの組織にも属さず、関わりを切って生きている人間なんてそう簡単にいやしませんもんね」
ため息交じりに呟く。その通りだ。だからこそ、私たちは苦労して風猫を獲得したわけだしな。
「『人間なんていないか』、確かにな。なら、いっそのこと、魔物を領民に加えてみるか」
「ま……もの?」
ローゼはしばし、口をパクパクさせていたがオウム返しに何とか言葉を絞り出す。
「うむ。このイーストエンドの【深魔の森】の北に広がる【ノースグランド】には、ゴブリンやオークなどの魔物の部族が多数集落を形成しているようだし、何気にいい領民候補なんじゃないか?」
このイーストエンドは、高い崖の下に広がる密林地帯である【深魔の森】と崖の上の【ノースグランド】という荒野、密林、湿原の領域に分かれている。
【ノースグランド】の北部には四大魔王の
一応、討伐図鑑の者たちに調査させたところ、この【ノースグランド】には、ゴブリン、オーク、コボルトなどの多種雑多の魔物が存在し、日夜勢力争いをし、まさに群雄割拠の状況らしい。
通常、理性と知性のない魔物は群れる事はあっても他者を支配するという欲求はない。ただ日常を本能に従い生きるだけ。なのに、ここの魔物は日常的に苛烈な戦争を繰り広げている。理由は定かではないが、ここに生息する魔物は最低限の理性と知性を持っていることを意味する。ならば領民化は可能だろう。もし理性と知性もない人類の敵となるしかない存在なら滅ぼせばいいだけだし。中々良い案だと思うぞ。
「ん? なんだよ?」
周囲から向けられるまるで不思議生物でも目にしたかのような不躾な視線に、訝しげに尋ねると、
「ねぇ、カイ、それっていつもの悪い冗談ですよね?」
ローゼが頬を引きつかせながらも念を押してくる。
「いや、割と本気だぞ」
「変よ! 絶対変っ! どうしたらそんな発想になるのっ!?」
ローゼは据わりきった目で遂に頭を抱えて口からブツブツと呪文のようなものを吐き出してしまう。
「ぶははっ! 裏の三大勢力の次は、ゴブリンやオークを領民にするってかッ! 流石は師父、相変わらず発想がぶっ飛んでいる!」
ザックが噴飯しつつも、両手でテーブルをバンバン叩く。
「そんなに奇異な発想かね?」
うんうんと首を縦に振る一同に、深いため息を吐くと、
「反対なら仕方ないな」
そうはいったが、このままでは新規の事業に着手できない。私の野望(スローライフ)の成就のためにはこの王選に勝利せねばならん。それには新領民は是非とも必要だ。一度、奴らのアジトへ出向いてみるべきかもな。
ほくそえみながら、そんな計画を頭の中で構築していると、
「マスターは全く諦めていないのである」
先ほどからずっと沈黙を守ってきたアスタが初めて、皮肉たっぷりの感想を述べたのだった。
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