第四章 バベル入学試験編

第1話 忠誠宣誓


 イーストエンド――新都市ケット・グィー


 風猫ふうみょうの一件から三か月が過ぎる。風猫の村人に集落の名前を付けて欲しいと聞き、フェリスのペットの猫型精霊、ケットから名前を取らせてもらった。『グィー』は、このイースト地方に伝わる猫の守り神の名を拝借しておいた。


「うむうむ、大分村らしくなってきたな」


 規則正しく立ち並ぶこの世界では珍しい様式の建物と石造りの通路。中々の出来だと思う。

 迷宮で獲得した建築系の本が山ほどあったので、建築などの土木作業を得意とする討伐図鑑の者たちとともに設計図を作成。それに基づき、建築系の仲間たちの指導の元、アリスたち【迷いの森】に開発を行わせた。

 そしてできたのがこの集落というわけだ。まあ、小規模なのはそもそもここに現在、常在する住人の数自体が少ないから、作る必要がないためだ。

 裏の三大勢力の奴らがローゼの治める領地の領民になったといっても、全員がこの地に残るわけにもいかない。奴らには下部組織もいくつもあるし、急に奴ら全てが不在となれば、それこそ混乱の極致となるのは想像するに容易い。そこで一時的な混乱だけでも抑えようと、ポーションの売却という裏の市場の支配が必要なタオ家に裏社会全体の秩序の維持を委ねることにしたのだ。三大勢力の中で最も人数が多いのがタオ家であることもあり、この村には現在千人弱しかいない。要は村にしてはやや大きいが街にしては小さい。そんな集落にすぎないわけだ。

 それでも、水車を動力にして近くの低地にある川から水を引いたし、家の煙突とストーブにより暖房設備を設置するなど、所々で迷宮により得た知識を利用して開発を行っている。

 他にも新技術の構想は沢山あるが、現在、人員不足で満足のいくものが造れていない。それが当面の一番の問題だったりするわけだが。


「ふんふんふーん♫」


 今も鼻歌を口遊みながら、緑色のローブにとんがり帽子を被った童女アリスが、街の広場で作業をしていた。そして、広場の木箱の上には得意そうにお座りをしている子猫。

 あー、そういえば、最近村の防衛システムについてギリメカラに相談されたっけな。村の入り口に設置する石像を核にし、村に許可なく侵入した者に悪質な呪を発動するんだそうだ。世界は強者で溢れている。だから、この案自体は即採用した。

 問題はギリメカラの奴がその石造につき私を似せて作りたいと言ってきたことだ。

 マジでそれだけは勘弁願いたい。だから、【ケット・グィー】という村の名前の由来となったフェリスのペット、ケットに生贄になってもらう事にしたのだ。

 こうしてモデル役をケットに丸投げして今に至る。今はそのモデルの作業ってわけだろう。


『あー、御方おんかた様!』


 私に気付いたケットが私の胸に飛びつき頬擦りをしてくる。どうにもこの子猫には相当な疲れてしまい、遭遇するたびにこんなモフモフなスキンシップをされている。


「うむ、ケット、お前はいつも良い毛並みだな」


 子猫の頭をそっと撫でつつ、


『へへへー」


 気持ちよさそうに目を細めるケットに苦笑しつつも、


「アリス、ご苦労様だ。それって水魔法だよな?」


 アリスに労いの言葉を口にする。

 寝ぼけた容姿と比較し、水系の魔法を高速で射出して石像を創るなど、アリスは思いの他器用な奴なのだ。


「うん! 水の魔法は使い勝手がいいの! 線のように細くした上、高速射出すれば、木はもちろん、石や金属すらも装飾することが可能! 他にも――」


 眼を輝かせてドン引きするほど早口で捲し立てるアリスを右の掌で制止すると、


「了解した。新たな魔導書が必要ならば言ってくれ」

「まだ不要なの。この魔法を存分にしゃぶりつくしから――」


 ぐふふと、アリスは童女には似つかわしくない笑みを浮かべて妄想に浸ってしまう。

 こいつ、ドンドン、おかしな方向に直走っていないか。まあ、別に実害がないからどうでもいいわけだが。

 

「う、うむ、じゃあ、お前たちも頼むぞ」

『うん! ケット頑張る!』


 ケットが小さな肉球を上げ、


「任せてなの!」


 アリスも右手を上げて、作業を開始した。



 街の中心にある四階建ての一際大きく絢爛な建物へと入る。ここは領主の館であり、この地の行政府のようなものだ。

 建物の設計は私も関与している。私は基本機能性重視。討伐図鑑の奴らのような大層な美的感覚などない。だから、外見は奴らに任せ私はとことんまで効率良い組織運営ができる空間を目指して作製した。

 四階の会議室へ入ると、領主のローゼ始めとした全員が既に揃い踏みをしていた。

 ちなみに、現在、ファフとミュウ、フェンの三人は近くの森に遊びに出かけており、ここにはいない。あいつらにはまだ会議は無理だし、子供はそれでいい。

 村人は相変わらず即座に立ち上がり、狂信的な態度を示してくる。こいつらはいつもの事。違いがあるとすれば、


「我らが至上の王に絶対の忠誠を!」


 【朱鴉】の頭領、オボロの掛け声で一斉に奴らはが胸に右手を当てて恭しく一礼する。

 こいつらもか……というのはきっと私だけの感想ではあるまいよ。

というか、ローゼ! 何だ、その呆れかえった目はッ! 私だってな、こうなるとは思わなかったんだ! 第一、こうなるのが嫌だから、ギリメカラではなく、ネメアに修行を任せたんだぞ!


「ま、予定調和だわな」


 ザックの言葉に、アスタも無言で顎を引く。

 ローゼは深い深いため息を吐くと、


「では、カイが来ましたので、定例会議を始めましょう」


 会議の開始を宣言する。




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