第21話 朱鴉VSバッタマン

  オボロ達は部隊の精鋭のみを選抜し、北部の山岳地帯の麓にある小高い丘の上からアキナシへと侵入した。

  アキナシ家の屋敷までは丘の下にある密集した林床の中をつっきらねばならず、大人数での移動はむしろ弊害となる。そこで30人規模の精鋭での制圧を実施しているのだ。

 ここは直線距離では最も領主の館に近い場所。オボロ達、【朱鴉あけがらす】を止められるものがここアキナシ領側に存在し得ない以上、立地的には最高の場所からの侵入となる。

 月夜すら届かぬ密林の中を疾風のごとく走り抜けていると、


「ん?」


 前方に気配を感じて急停止すると右手で部下たちに警戒の合図をする。

 【朱鴉あけがらす】は自他とも認める悪党だが、譲れぬ矜持はある。それは表の無抵抗な奴らには極力危害を加えないこと。このルールはこの組織結成時に、半生を奪われ続けてきたオボロたちが、皆で決めたただ一つのルール。

 だからこの気配のぬしがこちらに向かって歩いてくる理由が、夜空の散歩とかいう気の抜けたものであったのなら、気絶させて放置させるつもりでいた。しかし、その甘い予想はあっさり最悪の形で覆る。


「は?」


 隣の幹部の一人の素っ頓狂な声。さもありなん。暗がり中威風堂々と現れたのは、二足歩行をする頭部が飛蝗バッタの魔物だったのだから。


「布陣――鶴翼っ!」


 オボロの声に呼応して部下たちはV字の包囲陣形をとる。

 飛蝗男は、右手の掌を上にすると指先を曲げて手招きする。おそらく、どこからでもかかってこいという態度だろう。


「野郎ぉ……」


 魔物に格下扱いをされた。その事実に、屈辱と憤怒で顔が火のようにほてるのを自覚する。そしてそれは部下たちも同じ。目を尖らせて怪物を眺めていた。


「後悔させてやる! 魔物風情がっ!!」


 獣のごときオボロの咆哮が夜空に響き、戦闘は開始される。



「バケモノめ……」


 飛蝗の魔物は、オボロと互角だった。いや、より正確には【朱鴉あけがらす】の全てと互角といったらよいか。

 相対した感じでは身体能力だけならオボロと互角にすぎない。だが、肝心要の人間種の専売特許ともいえる戦闘技術で相手が圧倒的に勝っていたのだ。

 今オボロ達が五体満足でいられるのは単に目の前の魔物には闘志はあっても、殺意はないから。どうやらこの飛蝗頭の怪物にとってオボロ達は殺すにすら値しない雑魚の集団のようだ。


「ちくしょう」


 強烈な屈辱から全身が小刻みに震え、悔しさのたっぷり含有した言葉を絞り出す。

 魔物から戦士とすら認めてもらえないのだ。これほどの屈辱があってたまるか! 


「オノレら、意地をみせろっ!!」


 このまま黙って全滅するなど冗談にもならない。

 身体能力が互角である以上、オボロの攻撃で奴を殺せる。もっとも、あくまで上手くクリーンヒットすればだ。戦闘技術は相手が遥かに格上である以上、そう簡単に当たれば世話はない。

 両手剣を構えながらも重心を低くする。部下たちもオボロの意思を読み取り、それぞれ構えをとる。


『ギシ!』


 飛蝗男は右肘を引き、左手を前に置き前かがみになる。バッタ男が初めて見せる武術の構え。そこにあったのは気が遠くなる年月を練磨した者のみがいたれる達人級の立ち振る舞い。

 笑えてくる。一流の武人でさえもその領域に至れるのはほんの一握り。その領域に飛蝗頭の魔物が足を踏み入れる。こんなのはもはや、できの悪い喜劇だ。


「こいつは強い。わいらよりも格上や! せやから、気合を入れろ!!」


 全神経を次の技に集中させていく。

 これはある意味、オボロの奥の手だ。奴に致命傷を与える唯一ともいえる道。


「行けぇっ!!」


 オボロの掛け声とともに一斉に部下たちの半数から火球や炎の柱が飛蝗顔の魔物へ向けて放たれる。

 闇夜に突如生じた太陽のように、周囲が真っ赤に染まる中、剣先を向けて突き進む部下たち。


(【影法師】――影飛び)


 飛蝗頭の魔物は案の定、殺到する部下たちを軽々と打ちのめす。


(遅せぇ!!)


 同心円状に吹き飛ばされる部下たち。その一呼吸前にその部下たちの影から奴の背後にある影へと連続跳躍。そして奴の背後から出現し、


(陽炎!!)


 右手の長剣に炎が走り抜けて、その刀身を脳天めがけて垂直に下ろす。


「ぐぎっ!」


 奴は身を捩って躱すも、同時にその首を刎ねようと横一文字に迫るオボロの左手の長剣。その疾風のように風を切って迫る長剣を、奴はブリッジして逸らす。


(くそがっ! もっと魔物らしい動きせぇ!)


 悪態をつきながらも影飛びにより、態勢を著しく崩した奴の背後に移動し、


(チェックじゃ!)


 その仰け反ったままの奴の頭部を一刀両断にしようとする。奴は咄嗟に右腕でそれを遮ろうとする。

 長剣は奴の右肘を切断し、奴の首に迫り――。

 突如、飛蝗男の姿が霞む。刹那、視界が歪み、地面と天を幾度も行き来し、大木に背中から叩きつけられてしまう。


(何が……起こった?)


 バッキバキに痛む全身に鞭打ち立ち上がり、奴の姿を確認すると、切断された右上腕の切断面を茫然と眺めながら佇む飛蝗男。

 

(う、嘘やろ……)


 こうして相対してみれば否応でわかってしまう。あの飛蝗男は先ほどとは、全く比較にならない圧を放っている。少なくとも今の奴はオボロたちと互角などでは断じてない。まったく別の魔物だった。


『ほう、能力制限の腕輪を装備した腕ごと斬られたか。中々の手練れが混じっていたようだな』


 樹木の為す闇の中、巨漢がこちらにゆっくりと歩いて来ていた。

 オボロは、目を凝らし、その者の観察を開始する。


『貴様も良い教訓になったであろう? 窮鼠猫を嚙む。弱者と侮り、端から全力で挑まなかったのが、此度の貴様の敗因よ』


 そう厳粛した声で宣いつつも、月明かりの元現れたのは、獅子の顔を持つ鎧姿の人型の怪物。


「うぁ……」


 その姿を一目見ただけで、オボロから漏れたのは深い深い絶望の呻き声。それはそうだ。この獅子頭の怪物から感じられるのは、絶対に勝てぬと思った飛蝗頭の魔物すら比較にすらならぬ圧倒的強者の威風。


『此度の敗北をその胸に刻み、怪我を回復せよ』

『キシッ!』


 飛蝗男は獅子頭の怪物に敬礼のようなものをすると、失った左腕を右手に触れて暫し力む。ボコボコと切断されたはずの飛蝗男の傷口が盛り上がり、切断された上腕が凄まじい速度で再生していく。

 呆気にとられるオボロ達をまるで嘲笑うかのように、森の中から次々に出現する無数の飛蝗頭の魔物たちに、


「ひっ!」


 部下たちから一斉に上がる悲鳴。


『合格だ。貴様らには、此度の御前ごぜんの祭りに加わる資格がある』

「御前? 祭り?」

『そうだ。これは御前の至高の策。悪いが、辞退の権利は認められておらん。計画書は、ここに記載されているから、目を通しておけ』


 獅子顔の男は、書簡をオボロに投げると背を向けて、


『貴様らの健闘を祈る』


 森の中へその姿を溶け込ませる。同時に、他の飛蝗男どもも煙のようにその存在自体を消失させた。


「首領……」


 オボロに駆け寄り、焦燥たっぷりな声を上げてくる幹部の一人。

 奴らの兵隊一匹にすら成すすべもなかったのだ。そもそも論として、あんな馬鹿げた奴らに抗えるはずがない。本来なら、早急に尻尾巻いてこの地から逃げるべきだ。

 しかし、あの獅子顔の化物は、辞退は認められぬと言った。ここから退避しようとすれば、きっとオボロ達は消される。それこそ、この世界に痕跡すら残らぬほど徹底的に。生き残るためには、この計画書とやらに沿って行動するしかない。

 もっとも人外どもが考える事だ。その先に待つのは、おぞましい結末しか思い描けない。それでも、こんな場所で何も成せずに消されるよりかはずっといい。


「絶対に生き残ってやる」


 オボロは、己に言い聞かせるように喉の奥から絞り出すと書簡を開き、その内容を確認した。


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