第14話 悪魔の選択 ローゼマリー



 丁度食事前だったオリバー卿に、事のあらましを伝え、アスタが鑑定の能力で調査した結果、その食べようとした料理には遅効性の毒が盛られていた。


「申し訳ありませんが、にわかには信じられません」


 当惑気味に眉を顰める。オリバー卿の様子からも、まったく信じてはいまい。むしろ、このタイミングで、ローゼがこんな不躾で、無礼な出まかせを口にするのか、と憤りさえ感じている様子だ。


「ふ、ふざけるなっ!! 俺達が恩のある旦那様に毒を持ったっていうのかっ!!?」

「そうだ! そんなことやるわけねぇだろっ!!」

 

 角刈りのコック姿の中年男性がすごい剣幕で叫ぶと、他のコックたちも次々に口をそろえて批難の言葉を浴びせてきた。

 ここの屋敷の使用人たちは、全員、訳ありで他の街を追い出されて、この街に流れ着いた。例外なく、拾ってもらったオリバー卿を敬愛している。だからこそ、恩人殺しの疑いをかけられることだけは、決して許すことはできないのだと思う。

 ともかく、オリバー卿を始め、こちらの話を冷静に聞いてもらえる雰囲気ではない。

 どう行動すべきだろうか。具体的な証拠は何もないし、何より、ローゼたちも、犯人に心当たりがあるわけではないのだ。

思案しているとアスタが薄気味の悪い笑みを張りつけながらも一歩前に出る。今のアスタからは、猛烈に嫌な予感しかしない。


「なら毒を盛っていないと自信のある者から、その皿の料理を食べるのである」

「アスタ、待ってください! そんなことをすれば――」


 制止の声を上げるローゼをザックが右腕で制し、首を左右にふる。アスタに任せろということだろう。 

 カイは、罪びとには一切の容赦はないが、誠実に生きるものには比較的寛容だ。そして、アスタは普段から無気力でやる気もないが、カイの指示だけには忠実。この点につき、この屋敷の者達に毒を飲ませて殺したとなればカイは少なくともいい顏はしない。ならばアスタがこの者達を見殺しにするような策は用いる事はあるまい。


「ローゼ殿下、申し訳ないが、彼らは私の大切な家族です。私は家族を疑わない」


毅然とした態度で、アスタの提案を拒絶する。


「君の信じたいという心は大したものである。だが、もし仮にその料理に毒が盛られていて、君が死んだら、どうなるのであろうな? そこのコックたちは、全て死罪になるのではないか?」

 

 アスタはゆっくりとテーブルの前までいくと、料理を掴み、クルクルと右の人差し指で回し、横目でザックに問いかける。


「まず、このアメリア王国では死罪。おそらく、疑わしいものは全て処分される。しかも、貴族殺しの罪は重罪だ。家族全てにまで罪が及ぶ」


 ザックの家族まで全員死罪の言葉に、使用人たちに動揺が走る。

それはそうだ。もし屋敷の中に一人でも裏切り者がいれば、その家族も含めて、全員が死罪になりかねないのだから。


「吾輩、アスタロスが宣言しよう。この右手に持つ皿には、遅効性の猛毒が盛られている」


 騒めく室内で、アスタは室内を闊歩しながら、全員にそう宣言する。


「この皿には、何の毒も盛られていない。それが君らの主張である。ここにいる全員で、この皿の上の料理を食べて、君らの潔白性を証明したまえ。

君らの誰も死ななければ、我らの主張が誤りであったことが証明される。対して、君らの中に裏切り者がいたのなら、君らは死ぬが少なくとも君らの家族は死罪にはならない。ほーら、君らにとって最良の選択であろう?」


 アスタの甘言に、使用人たちは皆不安そうに顏を見合せる。


「疑心暗鬼を誘うのは止めたまえっ! 私の使用人たちに毒を盛るような卑怯者はいないっ!」


 オリバー卿が、顔を真っ赤にし、憤然と立ち上がると、そう激高するが、


「旦那様、俺たちは構わねぇよ。要は俺たちが無実であることを証明すりゃいいんだ」


 角刈りのコックが、怒り心頭の顔で、アスタに近づくとその皿に置かれた肉料理を乱暴にフォークで突き刺すと口に含む。


「ほーら、俺は無実だろ?」

「ああ、君は毒を持っていない」


 部屋中がほっとした雰囲気に包まれる中、アスタはさらに笑みを深くし、大きく頷きそう断言した。


「はっ!」


 角刈りのコックの隣の長髪のコックの青年も、鼻で笑うと躊躇なく食べる。それから、己の誇りを証明するかのように次々に使用人たちは料理を食べていく。

 そんな中、一人だけ、異なる行動をとるものがいた。それは、赤髪メイドの女性ジェーン。彼女はスプーンで料理を掬うも、その状態で硬直化してしまっていたのだ。


「どうしたぁ? ジェ~~ンちゃ~~ん、食べないのであるかぁ?」


 アスタは悪質極まりない笑みを携えてジェーンに近づくとその顔を覗き込みながら、そう尋ねる。


「そ、そんなもの食べても毒を入れた証明にはなりません! ご当主様、ご再考を!」


 滝のように流す汗に真っ青を通り越して土気色となったジェーンに、騒めく室内。


「やはり、私は反対だ。こんな家族を疑うような真似は――」


 オリバー卿が、再度翻意を口にしようとするが、


「駄目ですぜ。旦那様、これは俺達の信用と誇りがかかっている。はっきりさせなきゃならねぇ!」

「その通りです! ジェーン、早く食べろ。俺もお前の次に必ず食べる!」


 角刈り頭のコック長の言に、庭師の男性も食べるように促す。なのに、微動だにしないジェーン。


「だ、旦那様ぁっ!」


 悲鳴のような懇願の声を上げて、ジェーンはオリバー卿に縋りつくが、


「すまない。ジェーン。皆の総意だ。君に罪がないことが証明されたら、改めて謝ろう」

「くっ!!」


 スプーンを持つ手を暫しブルブルと震わせていたが、直ぐにおっとり気味のメイドとは思えぬ身のこなしでバックステップをして扉の前まで移動するが、


「この吾輩から逃げられると思っているのであるか? それは少々、驕りにすぎるのである」


 背後から首を軽々と捕まれ持ち上げられてしまう。

 あんぐりと大口を上げているオリバー卿を尻目に、アスタはゆっくりと手の力を込めていく。


「ぐっ!」

「さーて、なぜ逃げたのかの理由を聞きたいのである。もしかして、この料理が嫌いだったのであるかぁ?」


 ぞっとするような悪意しか感じない声色でアスタはジェーンに尋ねる。


「そ、そうよ! 私、それ嫌いなのッ! そんな残飯以下のようなもの食べるなんて冗談じゃーないわッ!」


 必死の形相で捲し立てるジェーンに火のような怒りの色を顔に漲らせるコック長たち。

 アスタの口角があり得ないほど吊り上がりジェーンを椅子に座らせると、


「好き嫌いはいけないのである。でも、確かに吾輩にも嫌いなものはあるのである。だから、チャンスをやるのである」

「な、なに、そのマズい料理じゃなければなんでも食べるわっ!」


 チャンスの言葉に一筋の希望の光を見出して顏をパッと輝かせるが、アスタがどこからか右手に取り出した皿の上のものを目にして顏を壮絶に引き攣らせる。

 アスタの右手の皿の上には半円球の透明な容器が置かれており、その中には生理的嫌悪を掻き立てる無数の小さな生き物がウゾウゾと蠢いていた。


「吾輩はどちらでも構わないのである。彼らの料理を食べるのか。それとも吾輩のとっておきのスペシャルメニューを食べるのか。さあ、選ぶのである」


 カタカタと全身を小刻みに震わせつつも、


「どちらも――」


 否定の言葉を発しようとするが、


「ふーむ、どちらも食べたいのであるか?」


 さらに凶悪な様相でアスタは彼女が最も望まぬ事実を突きつける。


「ち、違っ――」


涙目で必死に被りを振るジェーンに、


「残念だが駄目なのであるぅ。食べていいのは一皿のみ。さあ、選ぶのである」


 最後通告をする。

 遅効性の毒の入った料理と蠢く無数の虫の踊り喰い。これほどおぞましい二者選択はそうはあるまい。まさにこれは悪魔の選択だ。


「きょ、拒否するわっ!」

「これは拒否の認められぬ選択である。故にこの砂時計の砂が落ちるまでに選択せねば、ここで吾輩がスパッと君の首を刎ねるのである」


 アスタはポケットから砂時計を取り出すとテーブルの上に置く。

 悪趣味にも限度というものがある。そして、このアスタがおぞましい事態とまで言い切るカイの仕込みっていったい……。


「い、いや……」


 涙と鼻水を垂れ流しながらも懇願の言葉を紡ぐ中、


「世の中、君の考えているほど甘くはないのである。奪えば、奪われる。それは当然のことわり。君は奪おうとした。だから奪われる。お分かりであるな?」


 口角が耳元まで吊り上がりもはや人とは思えぬ形相でアスタはそう断言する。

 眼球が四方に揺れ動く中、ジェーンは震える手で蟲の皿に指を刺す。


「おめでとう! これで君は生を得るのである!」


 アスタがパチンと指を鳴らすとまるで煙のように顏に漆黒の頭巾を被った二体の男女が姿を現す。

 男は闇色の異国の衣服を着用し、一方、女はやはり黒の胸当てに短いスカートを履き、コートのようなものを着こんでいた。

 そして女が今も必死に泣きながら暴れるジェーンの身体を押さえつけ、男がその顎を掴み、蟲を無造作に掴む。


「やべでぇっーーーー!!」


 ジェーンの獣のごとき絶叫が屋敷内に響き渡り、身の毛のよだつ食事は開始される。


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