第37話 帝国事情

 ――グリトニル帝国天上御殿


 繁栄を極めているグリトニル帝国帝都の中心にある宮殿の最上階にこの天上御殿は存在する。

 天上御殿の内部は真っ白な大理石でできており、定位置に設置された石柱には超一流の職人が施した彫刻が成されている。

そして、大扉から玉座まで伸びる道には真っ赤な絨毯が敷かれており、その両脇には帝国の重臣たちが参列していた。

 玉座に座すのは、初老に白髪の男。男の衣服の上からもわかる鍛え抜かれた肉体に、その全身に刻まれた傷跡は、歴戦の戦士であることを容易に窺われた。これが征服帝と称される現グリトニル皇帝――アムネス・ジ・グリトニル、その人である。


「繰り返せ」


 普段滅多なことでは表情を崩さない現グリトニル皇帝――アムネス・ジ・グリトニルは、珍しく声を荒げて、敗残兵たる召喚サモナー部隊の副長に問いかけた。

 そのあまりに鬼気迫る皇帝アムネスの様子に重臣たちから息を飲む音が木霊する。


「当初は計画が上手く推移し、一時は王国騎士長アルノルトに土を付けましたが、黒髪の少年が参戦して全てひっくり返されました。イフリートは屈服、エンズ様は殺され、ジグニール殿も剣術で敗北し、帝都に帰還途中、六騎将を辞する意思を表明し姿を消してしまいました」


 副長は片膝をつき、視線を床に固定しながら消え入りそうな声で先ほど報告した内容を繰り返す。

 そのあまりに衝撃的な内容に騒めく室内。


「静まれ」


 アムネスの抑揚のない制止の声により一瞬で静まり返る。

 アムネスは両腕を組んで背後の柱に背中を預けている左目以外全て黒色の装束で覆われた男に眼球だけを動かし、


「フォー、どう思う?」


 端的に尋ねる。


「その鼻の長い怪物が絶対服従を誓ってるんだ。その黒髪の小僧とやらは、その鼻の長い怪物を魅了する何かをもっているんだろうよ。テイム系の術か、もしくはそもそもその鼻の長い怪物以上に強いのか……」


 今度こそ室内は豆が弾けたような喧騒に包まれる。そして――。


「鼻の長い怪物よりも強いって……あのね、フォー、それって暗にその坊やがイフリートより強いって言ってない?」


 全身鎧姿の金髪の女が両手を細い腰に当てて、黒装束の男フォーへと尋ねる。


「ああ、その通りだ。基本、奴らは弱肉強食。奴らが進んで己より弱い者に首を垂れる事は絶対にない」

「なら、テイム系の術ではないですかね? 流石に人種でフォーさん以外、イフリートにガチンコで勝てるようなバケモノがいるとは思えませんし」


 坊ちゃん刈にした小柄な男性が、四面体の物体を両手で転がしながら、やる気なく答える。


「それもそうだなぁ」


 赤髪の巨人が大きな欠伸をしながら、相槌を打つ。


「その黒髪の小僧を六騎将に引き入れろ。手段は問わん」


 皇帝アムネスの厳格な言葉に、


「勇者の召喚はどうする?」


 黒装束の男フォーが皇帝アムネスに尋ねるが、


「そんな些事、どうでもよい」


 吐き捨てるように呟く。


「陛下、逃亡したジグニールはどうします? 始末しますか?」


 赤髪の巨人の眠そうな問いに、アムネスは首を左右に振り、


「捨てておけ。その黒髪の男がジグニールの生存を望む以上、奴との間に無駄な軋轢を生みたくはない。それより、孫の逃亡を理由にアッシュバーンを六騎将に復帰させろ」

「御意! そのようにいたします」


 赤髪の巨人が一礼し、他の者たちも一斉に帝国式の礼をすると部屋を退出していく。


「フォー、お前ならその黒髪の男に勝てるか?」


 残された黒装束の男に皇帝アムネスは静かに尋ねる。


「ああ、問題ない」

「我が帝国に従わぬようなら、殺せ」

「了解した」


 右手を挙げた途端、黒装束の男の姿は煙のように消える。


「イフリートを超える超人の獲得か。奴を獲得すれば、フォーに続き我が帝国は魔族絶滅のための兵器を二体も獲得できる。すれば、あの広大な大地が我が手に――」


 征服帝の歓喜と欲望に溢れた笑い声がたった一人となった天上御殿内に響き渡っていた。


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