第25話 チキン魔人の意外だがどうでもいい事実

 アスタの奴、この数日間、部屋から一歩も出てきていない。アスタ曰く、魔人マジンは大気の魔力を吸収するだけで栄養補給ができるから、殊更外部から摂取する必要はないんだそうだ。

 それにしてもだ。いくらなんでも限度がある。宿の女将さんに相談されたこともあり、この度、生存確認することにしたのだ。

 鍵を開けて部屋に入る。

衣服は床に無造作に脱ぎ捨てられて、テーブルには私が与えた本が山のように積まれていた。そしてベッドには仰向けに下着姿の長身の美女が大の字で爆睡していた。


「……こいつ女だったのか」


 今も自己主張している双丘を見れば一目瞭然だ。まあ、女のような顔をしているし、声も妙に高くてキモイなとは思っていたんだ。本当に女だとはな。ま、確かに意外だがどうでもいい話だな。

 私は窓際まで行くと勢いよく木の窓を大きく開ける。そして、部屋の隅にあった木のバケツとほうきを掴み、その柄で叩き始めた。


「さあ、起きろ! 起きろ!」


 太陽の光に眩しそうにアスタは目を細めてベッドから上半身を起こして大きな欠伸をしながら、周囲を見渡していたが、私と視線がぶつかる。

 即座に顎を引いて半裸状態の己を確認し、アスタの全身は真っ赤な果実のごとく発赤していく。そして、怪鳥のような悲鳴を上げて毛布で包まってしまった。

 うーむ、魔人の癖に私の幼馴染殿たちと酷似した反応をするのな。


「で、出ていくのであるっ!」

「うむ、今後ちゃんと規則正しい生活をするのならな」

「するのであるっ!」

「わかった。信じよう」


 本人がこう言っているのだ。信じるしかあるまい。また閉じこもったら叩き起こせばいいし。

まったく、どこぞの道楽娘じゃあるまいし、身辺自立くらいしてもらいたいものだ。

 大きなため息を吐くと私は部屋を出て一階へ降りていく。


 一階の宿の食堂で朝食を食べているとアスタの奴が降りてきた。まだ薄っすらと頬を紅色に染めながらも、いつものように私の右隣の席に座る。


「では、お祈りを始めましょう」


 神への祈りを始めるローゼとアンナ。食事の前に神に感謝するか。アメリア人らしい考え方だ。

 もっとも、私達にそんな殊勝な信仰心などあるはずもない。

ファフは足をバタバタさせて涎を垂らしながら、目の前の肉の盛られた皿を凝視し、私からの許可を待っている。

 アスタにおいては、チラリチラリと私の様子を伺ってくるので顔を向けると慌てて目線を逸らす。何をしたいんだ、お前は……。


「では、食べましょう」


 お祈りが終わったローゼの言葉を契機に、私たちも料理を口に運び始めた。



「カイ、予選の一回戦の勝利おめでとうございます。これで目的は達成しましたし、次の試合の途中で棄権してバルセの街に戻りませんか?」


 朝食を取り終わり、ローゼからそんな意外な提案をされる。

 理由は不明だが、ローゼの奴、現在心がここにあらずの状態だ。この発言を切り出してきたことからも、この街に滞在すると彼女の利益を損ねるような状況にでもなるのだろう。


「うむ、私は最後まで棄権はせんぞ」


 前のディック・バーム戦までは適当に負けて終わりにしようかと思っていたが、大会運営の態度で気が変わった。嫌がらせもかねて最後まで参加するつもりでいる。


「でも、奴隷の子も心配ですし……」

「いんや、まだ期限には十分な余裕があるし、金を払っているからな。それこそ貴族様同然の扱いを受けているだろうさ」


 あの店主、商売に対しドライな様子だったし、何より本人に尋ねれば一目瞭然なことを偽るほど愚かには見えなかった。あの奴隷の少女が現在、まっとうな扱いを受けているのはまず間違いあるまい。


「しかし、絶対ではありませんよね?」


 ローゼの奴、やけに食いついてくるな。よほど、この街にいたくないとみえる。


「もし契約を一方的に破棄するようなら徹底的に潰す。それだけだ」


 責任をもって、この世から組織の欠片も残さず消滅させてやるさ。


「潰すのですっ!!」


 フォークを持つ右手を突き上げるファフの頭を撫でてやると、彼女は猫のように目を細めた。


「じゃあ――」


 ローゼが丁度口を開きかけたとき、


「ローゼ、探したよ」


 一人の耳の長い女が右手を上げながらも私達の席まで近づいてくる。

 年のころはローゼと同じ14、15歳ってところか。まだ幼さが残る顔からも美しいというよりは可愛らしいと言った方がより適切だろう。背中まで伸ばしたサラサラの銀色の髪に小柄な体躯は、その白を基調した短いスカートと上着というシンプルな服装とこのうえなくマッチしていた。


(チッ!)


 おい、ローゼ、今、お前舌打ちしたよな?


「ミルフィー、何の御用かしら?」


 このローゼの猫なで声、正直鳥肌が立つな。異様さを察知した隣のファフが、私にしがみ付いてきたので安心させるべく頭を撫でる。


「もちろん、そちらの殿方への挨拶かな」


 ミルフィーと呼ばれた銀髪の女はローゼから視線を外し、私に向き直るとスカートの裾を掴むと、


「ミルフィーユ・レンレン・ローレライです。よろしく」


 一礼してくる。


「カイ・ハイネマンだ。あまり怯えるな。別にとって食いやしない」


 この女、微笑んではいるが顔から血の気が引いて真っ青だし、その全身は小刻みに震えている。昔から人相が悪いとは特段言われた事はなかったはずなんだがね。


「い、いえ、怯えてなんかいませんっ!! 少しあがり症で、緊張しているだけですっ!」


 明らかに強がりだが、わざわざ指摘するまでもないな。


「で? 何のようだ? ただの挨拶だけではないのだろう?」


 今の私はこの街一番のヒール。そんな私に挨拶をするだけなんてありえるはずもない。何か要求でもあるんだろう。


「私と契約していただけませんか?」

「カイ――」


 口を開こうとしたローゼを右手で制し、


「契約とかいきなりいわれてもな? 何についてだ?」


 ミルフィーユに端的に尋ねる。


「私が対価を差し出す代わりに、私の頼みを聞き入れる契約です」


 うん? よくわからんが、きっと話の流れからいって文書での契約ってわけじゃないよな。だとすると、魔法による契約か。そういや、人外と人の間で一定の約定を結ぶ属性魔法があると本で読んだ事がある。もしかしてそれのことか? なら、この女、私を人外と勘違いしているっているってことになる。ま、いずれにせよ、属性魔法が使えぬ私には、契約など不可能な話だ。


「悪いが無理だな」

「そうですか……」

 

 この世の終わりのような顔で肩を落とすミルフィーユ。

 こいつはエルフ。エルフ国ローレライは、あのダンジョンに食われる以前から訪れてみたかったのだ。仮にもローレライの名を持つローゼの知り合いだ。王族の関係者の可能性が高い。ならばここで険悪な仲になるのは是非とも避けたいところだ。


「そう落ち込まんでくれ。私は人間で、そして【この世で一番の無能】という恩恵ギフトにより無属性魔法しか使えん。魔法による契約など結べんのだ」

「人間? 貴方が?」

「そうだ。なあ、お前たち?」


 ファフとアスタに尋ねると、


「ご主人様は、人間なのです?」


 ファフ、なぜ疑問形なのだ。そこはしっかり肯定すべきところだろう!


「マスター、本気で御自身を人間だと言い張るおつもりか?」


 アスタに至っては呆れ顏で全否定してきた。


「あのな、私がそれ以外に見えるか?」

「足の爪先から頭の天辺までバケモノにしか見えぬのである」


 うんうんとファフとミルフィーユが大きく頷く。何だろうな、こいつらの一体感。


「カイのお母さまとは懇意にしておりますし、お父様は王国人と伺っています。カイは間違いなく人間ですよ」


 ローゼと我が母上殿が知り合いか。あのポヤポヤした母上殿のことだ。何の躊躇もなく私の過去をローゼに語っている事だろう。私の恥ずかしい過去まで凡そ筒抜けと考えて違いあるまい。


「本当に人間……なのですか?」


 ミルフィーユの遠慮がちの疑問の言葉に、


「だから最初からそう言っているだろうが」


 当然のごとく肯定する。


「そうですか……」


 顎にて手を当てて考え込んでいたが、


「わかりました。ローゼ、この方のことについては私の胸の中にしまい込むにはあまりに大きすぎる事態です。先生方にお話しします」


 ローゼにそう伝えると、


「ミ、ミルフィー、ちょっと待って――」

「ではカイ様、またお会いしましょう!」


 ミルフィーユは右手を上げてローゼの制止の声などお構いなしに颯爽と宿を出ていってしまう。当初のガタブル状態とは一転、弾むような足取りでだ。

 対してローゼは頭を抱えてしまっていた。ローゼたちの奇行につきアンナに尋ねるべく視線を移すと困惑した顔で両手を上にして肩を竦ませる。アンナにもよくわからんようだ。

なら考えるだけ無駄というものだ。今どきの若いものはよくわからん。そう理解しておけばよかろう。


「さて、では私は一度部屋に戻る。アンナ、あとは頼むぞ」


 今もブツブツ呟くローゼを横目で確認しながら、アンナにそう依頼すると、


「うん。任せて」


 笑顔で親指を立ててきた。この数日間でこいつも随分素直になったな。少し前までは、不機嫌そうにそっぽを向いて頷くだけだったんだが。

 要するにこいつもファフやアスタ同様、相当な人見知りだったのだろうさ。

 私は席を立ちあがると、この宿の私の自室がある二階へと歩きだした。


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