第26話 茶番の終わり

 ザック・パウアーとの二回戦につき闘技場へ到着した。

 大会運営委員の数人による厳重な身体検査を受けたのち、やはり能力制限の衣服の着用を指示される。

 うむ。大会運営側は私に勝ってもらっては困る相当強い理由があるようだ。でなければ、こうも執拗にこんな衣服を用意はすまい。

 凄まじいブーイングの中、会場に入り、円武台に上がると、既に対面には野性的な風貌の赤髪の男――ザック・パウアーが不敵な笑みを浮かべて威風堂々と佇んでいた。

 ザックの試合は見たが、武術家としての技術はそれなりの水準に達している。多少、楽しみにしていたのだが、司会者の本試合についての説明が始まり、不愉快な気持ちに塗り替えられてしまう。


「おい、司会者、それ正気で言ってるのか?」


 ザックが額にすごい青筋をむくむく這わせて、黒髪の中年の男の司会者に強い口調で尋ねる。


「ええ、これも全てその無能の不正を取り除くための措置です!」


 司会者は得々と宣言した。

 何でも不正防止のために私は木刀を持ってはならず、審判が私の不正を認識した時点で失格なんだそうだ。

 これでは審判の意思一つで私の敗北が決定する。まっ、こんな大会、私にとって金を稼ぐ以外の意義はない。だから、これだけなら全く構わなかったわけだが、私の不正が認められればそのペナルティーにより金が一切支払われない。

 つまり、私が無事敗退するためには、わざとザックに負けねばならぬと言う事を意味する。恥ずかしげもなくこんなルールを考えた大会の運営の正気を疑う。というか、こんな不正塗れの大会で勝利して、素直に喜べるものなのだろうか。


「ふざけるなっ! これは俺達武術家の試合だ! テメエら素人の御遊戯場じゃねぇんだぞッ!!」


 大気を揺るがすザックの激高に、司会者は頬を引き攣らせつつも、


「それでは審判と変わりますっ!!」


 そう叫ぶと円武台から逃げるように降りていく。代わりに大柄の熊のような審判が円武台に上がってきた。


「ファイト!」


 審判は試合開始の合図をするとそそくさと脇に移動する。私しか見てないことからも、まともに試合などさせる気もないんだろう。

 ザックは少しの間、運営のテントをすごい形相で睨んでいたが、


「くだらん。やめだ! やめ! もう俺の負けでいい」


 首を左右にふると円武台を降りようとする。


「カイ・ハイネマン、今、おかしな行動をとったなっ!!」


 ザックの降伏宣言によほど焦ったのだろう。審判は私に人差し指を向けて大声で叫ぶ。


「私は動いてすらいないが?」

「いんや、今不審な動きをした! よってカイ・ハイネマンの反則負け!!」


 高らかとそんな面白い冗談を言いやがった。


「だそうだ」


 私としてもこんな茶番に一々付き合うほど暇じゃない。期限まではまだあるし、どうにかして金銭を捻出するしかあるまい。

 ザックに右手を上げると背中を向けて歩きだすが、


「ぐがっ!!」


 審判の呻き声が鼓膜を震わせる。肩越しに振り返ると、審判は顔面が陥没した状態で仰向けに倒れながら死にかけの蛙のようにピクピクしていた。


「審判に手を上げた以上、俺も失格だよなぁ? どうだ? 失格同士、戦わねぇか?」

 

 戦おうねぇ。


「私は構わんがね」


 チラリと運営側を見ると、


「そ、そんなこと、認められるかっ! 両者とも失格だ。直ぐに退場したまえっ!」


 司会者が上から目線で喚き散らす。


「だそうだが?」

「ああ、場所を変えてやろう。どの道、こいつらに俺達の闘争を見る資格はない。今まで通り、八百長試合で盛り上がってりゃいいのさ」


 吐き捨てるようなザックの言葉に、困惑気味な、どよめきが巻き起こる。

 私と異なりザックの試合は人気があった。純粋に肉体一つで他者を圧倒する鍛え抜かれた強さが観る者を強く引き付けるからだろう。そのザックからの強烈な拒絶だ。それは混乱もするか。

 だが観客たちには悪いが――。


「私も同感だな」


 私もグルリと観衆を見渡し同意の言葉を口にする。

 本来、武とは他者との命の奪い合い。見世物では断じてなく、見物人など不要だ。

 しかも、この大会ではそもそも戦意すらないものも多数いた。いわゆる、出来レースという奴だろうが正直、そんな御遊戯で喜んでいるような者達が私達の闘争を見ても理解できるはずもない。見物するだけ無駄というものなのだ。

 その前に面倒ごとは、済ませておこう。この争いも結局はローゼと馬鹿王子との諍いに起因する。そんな心底下らないことのために、いっぱしの武道家たるザックがペナルティーを受けるなどあってはならんしな。

 今も呻き声をあげている審判に近づくと中位ポーションを取り出し、ふたを開けてぶっかけると瞬時に修復する。このクラスのポーションは死ぬほどあるし、材料さえそろえれば、作ることもそう難しくはない。ここで使用しても私としては全く痛まない。

 ヒーリングスライムと異なり傷跡くらい残るが、この審判にそこまでしてやる気は微塵もない。


「そのふざけたアイテム、一体何だよ? 傷が一瞬で癒えたぞ?」

「では行こう」


 どこか呆れたように呟くザックの問いには答えず歩き出そうとするが、


「場所を変える必要はない。儂が審判になっちゃる」


 両眼が真っ白な眉により隠れた白髪の翁。翁は、長い白髭に右手で触れながら、軽快に円武台の上に跳躍するとそう宣言する。

 まいったな。まさかこの御仁にここで遭遇するとは……。


「御無沙汰しております」


 頭を軽く下げて、他人行儀な挨拶をする。

 彼はカイエン流剣術総師範――アーロン・カイエン。祖父に連れられて過去に何度か会ったことがあった。


「うむ、久しぶりじゃの」


 笑顔で右手を上げるアーロンに不自然なほど静まり返る場内。


「アーロン様、その無能は不正を行い、ザックもこの私に暴力を――」


 回復した審判が私達二人に指を刺してすごい剣幕で捲し立てるが、


「だまらっしゃいッ! 貴様は破門じゃ!」


 まさに鬼の形相でアーロンは熊のような審判の男に決別の言葉を浴びせかける。


「は? な、なぜ私が破門なんですっ!!?」

「貴様、それを一々儂に説明させるつもりか?」

「……」


 熊のような巨体の審判の顔から忽ち血の気が引いていき、瞬く間に土気色となって俯き震え始める。それはそうだ。私が不正を働いていないことはこの翁ならば一目瞭然であるはずなのだから。


「いくら積まれたのか知らぬが、貴様は武術を汚し過ぎた。貴様はもはや武術家ではない! とっとと立ち去るがいいっ!!」


 よろめきながらも円武台の石段を下り、通路へと姿を消す熊のような外見の審判の男。


「カイ、ザック、すまんかったの。あ奴は儂の流派のものじゃて」

「いえ」

「ああ」


 頷く私とザックにアーロンは小さなため息を吐くと、鷹のような鋭い視線を大会委員のテントへ向けて、


「そもそも、この大会は我が流派の仕切りじゃ。おい、大会委員長、あとで儂が納得できる説明をしてもらえるんじゃろうな?」


 ドスの効いた声を上げる。

 散々偉そうに宣っていた司会者やテントに待機していた委員たちは皆、俯いて震えだす。

 うーむ、どうやらこの翁だけには雰囲気が祖父と似ているせいもあり、どうにも調子が狂う。これもカイ・ハイネマンの過去の記憶が原因だろうか。。


「ジジイ、審判をしてくれんだろ? ならさっさと始めろや」


 アーロン・カイエンといえば、祖父と双璧を成す最強の剣豪の筆頭。この世界では武の頂点に位置する人物だ。ホント、こいつ、怖い者知らずだよな。ま、私的にはたとえ弱くてもこういう武術家馬鹿は、嫌いじゃない。やはり、ローゼのロイヤルガードの後任はこいつで決まりだ。


「うむ、そうじゃな。我ら武術家は己の技で語るもの。確かに無粋じゃったわ」


 カラカラと笑うと顔は神妙なものへと変えて右手を上げる。


「好きにやれい!!」


 そして――アーロンの掛け声を契機に私達は戦闘を開始した。

 

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