第23話 密談と計画(2)
――神聖武道会会場貴賓室
「あのディック・バームが……負けた?」
貴賓室の観客席から、アメリア王国の第一王子ギルバート・ロト・アメリア派の貴族の一人がそんな到底信じられない言葉を口にする。
「おい、大会委員長! どういうことだっ!? 」
ギルバート派の筆頭――ルンパ・バレル侯爵は隣で今もあんぐりと大口を開けて会場を見下ろす中年短髪の男の胸倉を掴みそう叫ぶ。
このルンパの問いには二つの意味が込められている。
一つはもちろんカイ・ハイネマンの能力向上のアイテムを使用不能にしたこと。アイテムが奴の驚異的な力の源ならば、これは必須の措置だ。
もう一つがルンパの提供した能力制限の魔法の衣服。これは此度の戦いでギルバート派の聖騎士の勝利が危うくなった時のために特注でつくらせておいた呪具。
この衣服の作成者は【呪具創造】というイカれた
「私達は全てルンパ卿のご指示通りいたしました!」
大会委員長は悲鳴のような声を上げる。
「だが、あのディックの巨体を軽々持ち上げる膂力は普通じゃないぞ。能力向上のアイテムは依然として装備済みだったということでは?」
そんな貴族の一人の呟きに、
「あの無能め! またしても不正を働いたのかっ!!」
「許しがたしッ! 大会委員長、直ちにあの卑怯者を失格にせよ!」
次々に賛同の声が上がるが、
「そもそも、ディック・バームの炎系の能力の効果がないのだ。膂力だけの問題ではあるまい。いや、それ以前にカイ・ハイネマンは本当に無能のギフトホルダーなのか?」
パイナップル頭の巨躯の男が額に張り付く玉のような汗を拭い、彼らの意見を否定しつつ、そう自問自答する。
「アナナス卿、それはどういう意味だ?」
ルンパが射すような視線をパイナップル頭の男、アナナスに向けて、その発言の真意を問う。
「文官たる貴公らにはわかるまい。あの動きは武人の動きだ。しかも、幾度も死線をくぐっている生粋のな」
「だから、それはアイテムが原因だと――」
「違う! そういう問題ではないのだよ。繰り返しになるがあれはただの無能者にできる動きではない。心苦しいが、あれに比べれば我らが推す守護騎士候補など、まさに赤子に等しい。勝負にすらならんよ」
アナナス伯爵の重々しい言葉に、大きく騒めく貴賓室。
「私の息子があんな無能に劣る。そう貴公はいうのか?」
しかめ面でルンパ侯爵はアナナス伯爵にそう声を震わせる。
「武術に限ってはその通りだ」
「奴は名誉騎士爵の家系、すなわち我らのような青い血は流れていない似非貴族! しかも【この世で一番の無能】という凡そ聖武神に見捨てられた恩恵しか持たぬクズ中のクズだぞっ!?」
「そう……なのだろうな。だが、実力だけは本物。それだけは断言できる」
アナナス伯爵は席を立ちあがるとグルリと列席した貴族たちを見渡して、
「聊か事情が変わった。今日限りで儂らアナナス家は此度の王位継承争いから手を引かせてもらう」
右手を胸に当てると礼儀正しく一礼し、退出してしまった。
それを契機に貴賓室は、焦燥たっぷりの喧噪に包まれてしまう。
無理もない。アナナス伯爵はこのアメリア王国では一、二を争う武闘派で知られている。
そんなアナナス伯爵のギルバート派からの離脱は武の精神的支柱の消失を招く。特に先の帝国との王女の婚姻の件は失敗に終わっているのだ。このままでは、かなりの数の貴族がギルバート派から離反を表明しかねない。
「騒々しい! みっともなく喚くな! あの無能は次のザック・パウアー戦で敗退させるから問題ない!」
ザック・パウアーは若手の拳闘士としては王国内でも屈指の実力をもっている。既にギルバート派に入るよう打診している。無能ではなく決勝であのザックに敗北したのならば、世間はルンパの息子をギルバート王子の守護騎士として認めるはず。
「大会委員長、次のザック・パウアーと無能との試合について話がある」
「はあ……」
大会委員長は、顔一面に憂色を浮かべながらも躊躇いがちに頷く。
ここまで踏み込んだんだ。今更、下りるとは言わせん。精々、役に立ってもらうとする。
「では――」
ルンパは無能――カイ・ハイネマンの排除に向けて口を開く。
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