第22話 歴史上最強の超越者 ミルフィーユ・レンレン・ローレライ

 ――神聖武道会会場貴賓室

 

「退屈だよ。本当に次の対戦相手がローゼのお気に入りなの?」


 エルフの国――ローレライの第二王女でもあるミルフィーユ・レンレン・ローレライは欠伸をしながらも、背後のエルフの執事に尋ねる。


「はい。姫様。状況からいってそれは間違いないかと」


 老執事は胸に右手を当てると恭しく返答する。

 ミルフィーユが在籍している世界的な教育機関――【世界魔導院バベル】が夏休みのため、近くで同じ同級生のローゼマリーの祖国であるアメリア王国にお忍びで観光に来ていたのだ。

 以前ローゼマリーから、アメリア王国で今一番、ビックなイベントはこの神聖武道会だと聞いていた。だから、大会を見学すべくこのルーザハルを訪れたとき、思いがけなくローゼとばったり会う。その時のあまりのローゼの挙動不審ぶりに執事に調査を命じたところ、ローゼの押す剣士がこの大会に参加しているという情報を掴み早速見学に来たのだ。


「これでアメリア王国最大の大会? 正直、バベルの主催する武道会の方がよっぽどレベルが高いよ」


 ミルフィーユたちエルフ族も人族と同等レベルで恩恵ギフトが与えられる種族。そしてミルフィーユの恩恵は【解明者】。真理すらも読み解くことが可能な特殊なギフト。この手の武道系の大会はミルフィーユにとって最大の娯楽。本来ならウキウキしながら、観戦しているところだ。

 だがこの決勝トーナメントは駄目だ。数試合見たに過ぎないが、最低レベルといっても過言ではない。特にギルバート王子の守護騎士候補とやらの試合は最悪だった。何せ相手に戦意すらなく、一方的なものとなる。おそらく、あれはショー。相手を買収でもしたんだろう。


「まったく、あんな恥知らずな行為、よくやる気になるね」


 実力もなく勝利して何が嬉しいんだろうか。むしろ、ミルフィーユならそんな恥を恥と思わない騎士を傍に置くなど死んでも御免だ。


「そろそろかな」


 黒服の正装を着た司会者が円武台に上がる。そして通路から現れるその黒髪の少年を視認したとき――。


「ーーっ!!?」


 今迄経験したこともない凄まじい戦慄が体を突き抜け、床に這いつくばって嘔吐してしまっていた。


「ひ、姫様……?」


 御付きのメイドがミルフィーユの背中を摩り、執事が水の入ったコップを向けてくる。


「な、な、な、何よっ! あのバケモノわぁぁーーッ!!」


 あんな禍々しいオーラは初めて見た。一応人の形をしているが、アレは絶対に人間種じゃない。もっと超高次元の何か! 

 精霊王? いや姉の契約している風の精霊王であるジンを見たことがあるが、そんな次元じゃない! 羽虫と竜種以上の違いがある。


(ローゼ、あんた、一体、何と契約したのっ!!)


 今も強烈に主張する嘔吐感を必死で抑えながらも、あの怪物の観察を開始する。

 


 どうやら、あの怪物は人族と認識され、しかも【この世で一番の無能】という恩恵ギフトホルダーとして無能の扱いを受けているようだ。

 そしてミルフィーユから出たのは、


「どういうこと?」


 強烈な疑問の言葉だった。

 途中、あの超越者に垣間見えた怒りの感情。それはディックとか言う小賢しい雑魚に対し向けられていた。なのになぜ彼は不敬を働いたあんな価値のないゴミを生かしておいたのだろうか? 慈悲? いや、慈悲をかけるにはあの人間たちはどう考えてもやり過ぎだった。


「ローゼのため?」


 この大会は故意の殺害は禁止されている。もしそれをすれば、失格はもちろん、彼を推していたローゼにも何等かのペナルティーを受ける。それを避けたかったのだろうか。

 それを認識し、喉を搔きむしりたい衝動に駆られて、


「いつもいつも、なぜローゼなのっ!!?」


 声を張り上げていた。

 そう。きっとこれは醜い嫉妬だ。エルフにとって超常者との契約は最も神聖視されている事項であり、その契約者の格がそのままエルフの評価となる。だからこそ、エルフたちは生涯を通じて契約してもらえる超常者を探し求めるのだ。

 彼は間違いなくエルフの歴史上遭遇した最強の超越者。そんな存在との契約はエルフでなければならない。なのにだ。一般に超越者に嫌われがちな人族のローゼマリーが契約する。これほど理不尽なことはない。

 だが、確かにローゼはいつも、そんなところがあった。授業で召喚された精霊とは相性が悪く契約できないはずなのに、その精霊が懐いたのは遠巻きに見学していたローゼただ一人ということもあった。


「姫様、あのお方は人ではないのですね?」

「スティーブン、貴方には彼が人族に見えたの?」

「はい。お恥ずかしながら……」


 そうか。ミルフィーユには吐き気がするほどの圧迫感も、同じエルフのスティーブンさえも気付きやしない。つまり、エルフより段違いに鈍い人族のローゼマリーにもそれは同じはず。とすれば、まだローゼはただの強い人族程度にしか認識していないのかも。


「スティーブン、彼を徹底的に調べ上げて‼ 手段は問わない!」

「承知いたしました」


 恭しく胸に右手を当てると、スティーブンは部屋を出て行く。

 何としても彼と契約を結んで見せる。どんな手を使ってでもだ。もし契約に成功すれば、ミルフィーユはエルフの歴史上最強の超常者の契約者としてその名を刻むことになるのだから。


「ローゼ、今度こそ負けないから!」


 ミルフィーユはそう力強く宣言した。


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