第13話 D組の大会最終予選のゴング

 第二次予選も同様の腕章略奪形式であり、危なげもなく、しかも目立たずに勝利して、予選決勝に駒を進めることができた。

 あれから、ハイネマン流の師範が不正を訴えたが、大会委員は碌に調べもせずにそれを却下してしまう。きっと選手の数が多いこともあり、予選の段階で一々クレームを受けていたのではきりがない。そんな判断なのだと思う。

 ローゼはここまでは予想通りだったのか、あーそうですかという事務的な感想のみだった。

 私が度々いなくなるので、ファフの機嫌がすこぶる悪かったが、ローゼが根気強く面倒を見てくれたおかげか、頭ナデナデで機嫌は治まる程度には抑えられていた。


「これに勝利すれば、300万オール。楽々、予定金額は超えます」

「そうだな」


 とりあえず、決勝一回戦が終わったら、棄権するか故意に負けるかしてバルセに戻るとしよう。


「おい、カイ! その……」


 アンナがそっぽを向きながらも両手をモジモジさせている。


「なんだ?」


 この女、あの獣人の少女の件以来、大分あか抜けてきた。


「がんばれよ」


 頬をほんのりと紅葉色にすると、まさかの言葉を口にする。


「アンナも大分素直になりましたね」


 うんうん、と満足げに頷くローゼに、


「ロ、ローゼ様ぁっ! 別に私は素直になんて――」


 アンナは顔を真っ赤に染めると、批難をたっぷり込めてローゼの名を呼ぶが、


「では、頑張ってください。アンナとファフちゃんと応援してますから」


 聞く耳すら持たず、ローゼは私に向き直ると静かにそう告げる。

 ちなみに、アスタは用を済ませると宿の自室に籠って読書中だ。最近気付いたが、あいつは極度の本の虫。私が迷宮で見つけた本を与えたら、夢中で読みふけり、部屋から一歩も出てこなくなってしまった。これが一段落したら、襟首を掴んでも部屋から引きずり出して外の空気を吸わせるしかあるまい。流石にこれ以上は宿の女将に迷惑がかかるレベルだしな。

 まったく、甘えん坊ドラゴンの次は、引き籠り魔人の御守かよ。これではまるで母親ではないか。勘弁願いたいなものだ。


「ファフ、こいつらの保護を頼むぞ!」


 私にしがみ付いて頬擦りをかましているファフの頭を優しく撫でる。


「任せるのです!」


 私から離れて右拳を掲げるファフに口端を上げて、私は予選決勝の会場へと向かう。


 会場の中心にある円武台に、続々とD組の予選決勝の出場選手が上がっていく。

 30人が全て出そろったところで、司会者と思しき金髪の若い女が円武台に近づくと、妙に間延びした声で解説を開始する。


「皆さーん、D組の予選決勝の出場選手30名が出そろいました。この中から4人を選出してもらいますぅ。ルールは気絶、場外になったら失格ぅ。つまりぃー、他者をボコって最後に立っていた4人が決勝トーナメントへ進出できますぅ」


 ボコってって随分ワイルドな姉ちゃんだな。


「おまけに一人倒すごとに5万オールが加算されますぅ。沢山倒せば例え負けても、それだけお財布も暖かくなりますよぉ」


 なるほどな。この勝負は先に動いた方が不利な傾向にある。睨み合いで戦闘が進まないのは面白くない。選手の動きをよくするための工夫のようなものだろう。


「それでは、簡単な各選手の紹介を始めますぅ」


 司会者の女は、テンション高く一人一人、選手を紹介していく。

 紹介を受けたものは、手を軽く上げたり、片腕を突き上げたりしている。


「次がハイネマン流剣術、リク・サルバトーレ。ハイネマン流は、あのぉ、四大魔王の一柱をぶっ殺した勇者様チームの一人、剣聖エルム様の剣術道場ですぅ。どんな卓越した剣術を私達に見せてくれるのかッ!!」


 金髪のイケメン少年が爽やかな笑顔で両腕を上げると大きな歓声があがる。

流石は祖父の道場。その人気は、アメリア王国内でも鉄壁という他ない。

 それにしても、リクか。タイミングが悪くてこいつが剣を振るうところはダンジョンに吸い込まれてからはまだ目にしていない。

 あのダンジョンに飲み込まれる前は、この者に一度も当てられなかったし、それなりの才覚を持っているんだと思う。あの剣帝同様、剣の神に愛されている一人という奴なのかもな。


「最後が、カイ流剣術、カイ・ハイネマン。彼は……ハイネマン流の血縁者かなんかですかねぇ。えーと、彼は……え? この世で一番の無能のギフトホルダー!?」


 バルセのハンターギルドの受付嬢同様、頓狂な声で口走りやがった。暫しの静寂、直ぐに会場内は喧噪に包まれる。

 うむうむ、いい感じで私の無能さが広まっている。これでローゼのロイヤルガードを見繕えば、私の役目は終了。心置きなく、世界漫遊の旅に出ることができる。

 ロイヤルガードになりうる人物か……いくら才能があろうが、実戦を碌に経験していないリクたち若手は論外だ。ま、たとえリクたちに持ちかけても、激怒するだけかもしれないが。

今のところ一番私の代わりになりそうなのは、あの野生児のような男、ザックくらいか。

 強さには純粋に見えるし、実戦経験も豊富そうだ。勝負を申し込み敗北した者がロイヤルガードになるような条件でも受けさせれば万事終了。あの手の男は挑発してやれば、勝手に乗ってくるだろうし。


「おい、司会者、お前の仕事は選手を罵ることなのか? ならばお前など不要だ。とっとこの場から消え失せろ!!」


 頭に真っ赤なバンダナをした剣士風の男が声を張り上げると、


「そうだねぇ。ボクも少し不愉快かな」


 目の細い黒ローブの男がバンダナの男に同意する。

さっきの司会者の紹介では、このバンダナ男が――ブライ。目の細い黒ローブの男が、シグマだったか。


「し、失礼しましたぁ!!」 


 大慌てで何度も謝罪を口にする司会者の金髪の女。


「別に司会者さんは、真実を口にしただけだ! 責められることじゃないだろ!!」


 リクがバンダナの剣士たちに批難の声を上げると、会場から同意の声が次々に巻き上がった。

 そうだろうな。このアメリア王国では多かれ少なかれ、恩恵ギフトの有無により価値が決定される。とはいえ、ラムールほど極端な場所は滅多にないだろうが。


「あのな、ここは口ではなく剣や杖で語る場所だ。口で他人を蹴落としたいなら、文官にでもなるんだな。世間知らずのお坊ちゃん」

「ぷっ!」


 バンダナ剣士ブライの侮蔑のたっぷり含んだ言葉に、目が線のように細い男、シグマが吹き出した。


「き、貴様ぁ!!」


 顔を真っ赤に紅潮させて怒り狂うリクに、


「すいません! 私が軽率でしたぁ! この通り謝りますぅ! ですので双方どうか納めてくださぃっ!!」


 泣きそうな声で、何度も頭を下げて謝罪の言葉を叫ぶ。


「まったく、気になどしていないから早く試合を始めてくれ」


 むしろ、私にとってこの上なく好ましい展開といえる。ここでなるべく目立たず勝利する。そのうえでザックにロイヤルガードを押しつける。奴なら十分に使命を全うできるはずだし、これ以上、無益な面倒ごとに巻き込まれずに済む。


「は、はい! で、では皆さん。よろしいでしょうか! D組、最終予選、開始ぃ!!」


 司会者の女の声が響き、D組、最終予選のゴングは鳴る。

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