第12話 師範と弟子の思惑

「あの野郎ッ!」


 ハイネマン流剣術の師範代シガは、激情のままに自室の木製の椅子を蹴り上げる。

 第一次予選でシガの教え子の三人は敗退した。シガの指示に従い三人がカイ・ハイネマンを取り囲んだ直後、奴は円武台から離脱してしまう。

 通常なら三人に恐れをなしたカイ・ハイネマンが敗者で、三人が勝者であるべきだ。

 しかし、カイ・ハイネマンは第一次予選を通過し、教え子三人は腕章を取られて敗退してまった。

 シガは同時に行われていた有望株のリクの試合を観戦しており、実際には見ていないが、状況からいってカイ・ハイネマンがやったのだろう。

 

「無能めッ! どんな手を使ったッ!?」


 カイ・ハイネマンは最弱の無能。教え子たちに勝利できるとは思えない。だとすると、特級クラスのアイテムでも用いたのだろう。奴の母親は超一流のハンターであり、カイを必要以上に溺愛している。息子の幸の薄い将来を憂いて姑息な手段に出たとしても何ら不思議ではない。この大会で勝利することには、それだけの価値があるのだ。

 もちろん、試合の結果を聞いて直ぐに審判にカイ・ハイネマンの不正を訴えたが、相手にされなかった。


「汚い手で負けただなんて、シガ先生、私たち、悔しいですっ!」


 女生徒が涙ぐみながらも声を張り上げる。


「あの無能の背信者めッ! 俺たちの努力に泥を塗りやがって!」

「許せねぇ! ぶっ殺してやるッ!」


 生徒の一人が額に太い青筋を張らせつつ、部屋に立てかけてあった木刀を握ると、他の二人の生徒たちもそれ習う。そして、揃って部屋を出て行こうとするが、


「まちなよ」


 金色の髪の美少年リクが制止の声を上げた。


「リク、止めるなよ! これは俺たちハイネマン流のケジメの問題だっ!」

 

 生徒の一人が血走った眼でリクを睨みつけながらも、声を絞り出す。


「そうよ! すっこんでなさい!」


 女生徒が金切り声を上げる。彼女はリクに好意があり、普段このような敵対的な態度をとることなど絶対にない。それほどあの無能者に敗北したことは、生徒たちの心をグシャグシャに打ちのめしたのだと思う。


「――」


 シガが諫めようと口を開きかけたとき、


「次の予選の決勝で僕があの背信者とあたる。そのとき、奴を公衆の面前で徹底的にぶちのめす。そして、勝利後に大々的に奴の不正の事実を告発するつもりさ。奴が無能の弱者であることが一般に明らかになれば、大会の運営側も奴の不正を認めざるを得ない。そうだろう?」


 確かに、あの無能の背信者が無様にリクに敗北する様を観客全員が目撃すれば、世論はこちらに味方する。観客を味方につければ、きっと大会運営も奴の不正の事実を無視できない。 

 少なくともカイを半殺しにして後々問題となるよりよほどいい。


「そうだな。俺もリクの意見に賛成だ」

「先生ッ!」


 生徒の一人が声を荒げて翻意を促してくるが、


「お前らが試合外で暴れれば、それこそハイネマン流に名に傷がつく。お前たちには何等かのペナルティーが課せられるだろう。俺はあんな無能の背信者のために有望株のお前たちに危険を冒して欲しくない」


 そう心にもない励ましの言葉を贈る。

 シガにとって生徒とは己がハイネマン流で成しあがるための手段に過ぎない。特にこの三人はリクと比較し、剣の才は凡庸だ。コマとしては利用できるならいいが、足を引っ張るなど言語道断。到底認められない。是非とも納得してもらおう。


「先生……」


 御涙頂戴のシガの演技に泣き出してしまう三人。


「では、リク、次の予選決勝、頼んだぞ?」

「任されました。皆の屈辱は必ず晴らします。どんなに、泣きわめこうと許しはしませんよぉ」


 リクのこの悪質な笑みから察するに、カイを剣士として再起不能にするつもりだろう。少し前までは、エルム様の手前、大っぴらに動けなかったが、この地なら何ら制限はない。

 現在、ハイネマン流はエルム様の本家派と槍王のギフトを有するローマンを推す分家派が次期、総師範の座を巡って激しく争っている。

 本家派にローマンを超える有力な候補がいない以上、現在、分家派が優勢だ。ここで本家派の汚点たるカイ・ハイネマンの無様さとその不正を世間一般が認識すれば、シガの所属する分家派に決定的な勝利をもたらすことができる。無能をぶちのめすが同じ流派のリクならばハイネマン流の名誉も保たれる。まさに一石二鳥という奴だ。

 上手くいけば、分家派に勝利をもたらしたシガの地位は約束されたのも同然。


「頼んだぞ!」


 シガはリクに近づきその肩を叩くと、欲望に塗れた言葉を口にしたのだった。

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