第9話 無能者の達人 アーロン

 現在、D組の一次予選が開始されたところだ。


「全て小ぶりじゃな」


 アメリア王国内で、ハイネマン流と双璧を成す流派であるカイエン流の宗主アーロンは、今も滑稽にも甲高く叫びながら、敵に突っ込んでいく己の流派の若手を見ながら、深いため息を吐いた。

 あれなら、まだライバルのハイネマン流の三人の方がまし。少なくとも剣術にはなっている。

もっとも、慎重なのか臆病なのか、まだ真面に剣を合わせてはいないようだが。

 三人はほどなく一人の小柄な少年を囲む。この第一次予選は戦術を見る試験。このようなチーム戦も原則禁止されてはいない。

 だが、体格に差があり過ぎる。しかも、あれはハイネマン流の無能、カイ・ハイネマンだな。何度かエルムに連れられて、目にしたことがある。

 予選に勝利するために、同じ流派の、しかも最も弱きものを取り囲むか。もはや実力以前の問題だな。

 滑稽にも、戦いの優先権で口論にまでなっている様子。これでは三対一の意味すらない。


(エルムの奴も儂同様、後継者には難儀しておるようじゃな)


 この調子なら、噂の槍王も恩恵だけに任せた坊ちゃん戦士の可能性が高い。少なくとも直弟子であるアルノルトを超えることはあり得まい。

 そんな感想を覚えていたとき、それは起こる。

 カイ・ハイネマンがゆっくりと踏み込み、三人の懐に飛び込むと、両方の掌を合わせる。ビクッと硬直する三人から両手で腕章を取って、円武台から離脱してしまった。


「い、今のみましたかっ!!?」


 直弟子の悲鳴じみた声にも、アーロンは目をカッと見開いたまま微動だにできない。


「な、なんじゃ、あの動き?」


 カラカラに乾いた喉で、どうにか疑問の言葉を絞り出した。

 弟子に指摘されんでもわかっている。先ほどのあの一切の無駄をそぎ落としたかのような挙動。あれは、アーロンら達人の領域に足を踏み入れたもののみに許された動きだ。しかも極上の――。


「偶然でしょうか?」

「馬鹿をいうなっ!」


 武術に偶然などあり得ぬ。あれをできている時点で、カイ・ハイネマンは我らと同じ領域の住人となっている。


「でも、あんないい動きをする若手なんていましたっけ?」


 師範代の頓珍漢な疑問に、


「カイ・ハイネマン。エルムの孫じゃ」


 そう吐き捨てる。


「ちょ、ちょっと待ってください! カイ・ハイネマンのギフトって無能だったんじゃ!?」

「ぬしらには、あれが無能に見えたか?」


 もし、見えたのなら、あまりに才能がなさすぎる。直ぐにでも武術以外の道を勧めている。


「いえ、でもあれがカイ・ハイネマンなら、どういうことです?」

「大方、エルムの奴が偽りの情報を流しておったのじゃろう」


 どうにも怒りが抑えられない。何が無能な剣聖の孫だ! 若くしてあの領域に達しているものが、無能のわけがあるか! 天賦の剣の才のあるものに、幼少期の頃から、剣聖自ら実践という名の剣術を叩きこんだに決まっている。そうでなければ、あの動きの辻褄が合わぬ。   

 そうする理由は、大方、他組織のスカウトの排除のため。

 だが、エルムの奴は己の孫が、そのせいでどれほど蔑まれているかわかっているんだろうか? いや、わかっていなければ、そんなむごい事はできん。そしてそれは――。


「エルムめぇ、やって良い事と悪い事の区別もつかんのか!」


 これは、天賦の才を持つものを、己の流派存続のために、使い潰すことに等しい。剣の師として、決して許されることではない暴挙。


「でも、カイ・ハイネマンって、ハイネマン家を離れたって、噂になってますけど」

「エルムがあれを手放したと?」

「はぁ、ご丁寧にこのルーザハルでハイネマン流の師範代が吹聴しておりました。嘘偽りを述べた様子もありませんでしたので、真実ではないかと」


 あれほど腕の者を放出した? 孫だから気付かなかった? いや、流石にあれは、一定以上の実戦を経験したものなら、その異様性に気付く類のものだ。エルムが気付かなかったとは考えにくい。なら、あれほど人材をあえて放出するエルムの意図は? わからん! まったく理解できん!


「もしかして、恩恵ギフトで無能ってでたのは、本当なんじゃないんスかね。ただ、例外的に表示されない、もう一つの隠れギフトがあったとか。ほら、あのハイネマン流のあるラムールって、なんでもギフトで決めたがる傾向が強いじゃないっスか」


 確かに師範代の一人のこの台詞が最も説得力があるか。

 神から与えられるギフトは一つだけ。確かにそう言われてはいる。だが、二つ所持するものがこの世に存在しないことも、証明されてはいないのだ。

 少なくとも、あの達人級の振舞いを見せるものが、ただの無能などという与太話よりは、ダブルギフトホルダーの存在の方が、よほど信じるに値する。


「だとすれば、本当に間の抜けた話じゃな」

「ええ、まったくで」


 いずれにせよ、カイ・ハイネマンには、この大会後早急に会わねばなるまい。

 もし、あれを我が流派が手に入れれば、次期王のロイヤルガードはほぼ確定だ。そうなれば、二代連続でカイエン流は、アメリア王国の筆頭剣術となる。


「まったく、こんなときに、あやつの試合をゆっくりみられんとはな」


 生憎、今から隣町で外せぬ会合がある。どの道、この大会はカイエン流の仕切りだ。

 直ぐに用を済ませて戻ってくれば、決勝トーナメントを特等席でみることもできよう。それまでの辛抱だ。


「いくぞ!」


 はやる気持ちを全力で抑えつけながら、おつきの師範代たちを促し、アーロンは大会競技場を後にした。

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