第4話 奴隷の獣人の少女

 ハンターになったはいいが、滞在期間が限られており、この街でできる事は多くない。

 ローゼには出歩かず宿にいるよう求められたが、そこまで指図されるいわれはない。第一ローゼは普段、アルノルトが護衛についている。直接みたわけではないが、祖父が保障するくらいだ。アルノルトの剣の腕は確か。この状況で私までローゼに張り付く必要はないのだ。

 そんなこんなで今はファフとアスタ、フェンを連れて、バルセの街の市場を見て回っている。

 ちなみにフェンはしばらく図鑑の中にいろと言っても聞かぬので仕方なく私から離れぬ事を条件に同行を許したのだ。


「沢山食べ物があるのですっ!」


 両眼を輝かせて叫ぶファフと、


『僕も食べるぅ!』


 ファフの頭の上でクーと小さな音を鳴らしつつ、小さな肉球を挙げるフェン。

 様々な食べ物が置いてある活気のある場所はファフにとって初めてのせいか、さっきからやたらとテンションが高い。クルクルと回りながら、屋台から屋台へ回っては私が渡した金銭で買い物をしては、フェンとともに美味しそうに頬張っている。

 うーむ。懐も寂しくなったところだし、そろそろ金を稼ぐ手段を真剣に考えねばな。

あのイージーダンジョンで手に入れた宝物は無数にある。

 だが、この前の裏路地の一件からも、私のような無能が正規ルートにダンジョンの宝物を流せば、まず確実に悪目立ちする。先日のようなハンター崩れなら、何の問題もなく対処できるが、この強欲国家の中枢の奴らが出張ってきたら、そう簡単にはいくまい。最悪、アメリア王国と全面戦争となりかねん。むろん、そうなれば徹底的にやってやるが、私が送りたいのはスローライフであり、波乱万丈な人生ではない。

 裏のルートなら、正規のルートほどはこの国の中枢のクズどもに知られる危険性は少ないが、そもそも裏稼業のものに心当たりがない。バルセ滞在中に信頼置ける業者を見つけるなど不可能に近い。いずれにせよ、止めといたほうが無難だろう。

 とすると、あとは、ハンターらしく魔物の討伐でもするかね。だが、滞在期間が残り5日だしな。大して金にならないかもしれん。さて、どうするか……。

 思案をしていると、広場の大きなテントの前に人盛りができている事に気付く。そして聞こえてくる男女が争う声。


「こんな子供に暴力を振るうなんて、一体何を考えているっ!?」

「あのね、これは売り物なの。ようは獣よ。獣は調教するものでしょ?」

「獣ぉ!? ふざけるなッ! 獣人族の子供ではないかっ⁉」

「うーん、そうよぉ。でもぉ、獣人族を理性の乏しい獣って認定しているのは、貴方たち王国の人の方じゃなーい? 違うかしらぁ?」


 この女の声、聞いたことがあるぞ。人混みをかき分けて前面に出ると、一人はナヨナヨした化粧の男、もう一人は白色の豪奢な鎧に身を包んだ赤髪の女。あれはアンナだな。何を揉めてるんだ、あいつは?


「違う! 獣人族を理性のない獣などと認定はしていないっ! 我が国が主張しているのは、恩恵による区別であって差別ではない!」

「なーに、それ? 区別は差別よ。あなた、頭大丈夫?」


 あの女言葉の男に同意するね。アメリア王国政府は、獣人族など、大多数が恩恵を保有しない種族を背信者と認定し、長い年月敵対してきた。あの獣人の少女のように、戦争のどさくさで、この国に無理矢理、奴隷として連れてこられるなど日常茶飯事。その仕組みを作っているのはローゼたち王国の王侯貴族だ。端からこの女言葉の男を責めるのはお門違いというものだろうさ。まあ、子供に暴力を振るうようなクズは私も嫌いだがね。


「貴様、この私を愚弄するのか!?」


 アンナが剣の柄に手を当てると、女言葉の男の部下の黒服たちが、その前を遮る。

 まったく、この女、どこまでも面倒な奴だ。だが、幼子が鞭で打たれるのを黙っていられなかったのだろう? ならば、今も傍観しているこいつらよりはよほどましだ。


「やめろ、これはお前が悪い」


 野次馬どもが作る人の輪の中に入ると、アンナを軽く叱咤し、女言葉の男に向き直ると、


「この女は少々、世間知らずなんだ。許してやって欲しい」

 

心の微塵も籠っていない謝罪の言葉を述べる。


「少しは話が分かる子がでてきたようねぇ」


 女言葉の男が小さなため息を吐き、右手を上げると、黒服の男たちも戦闘態勢を解いた。

アンナの鎧には国章がある。王国政府の関係者なのは一目瞭然だ。奴隷商どもも無用な争いは、好みやしないのだろう。


「カイ、貴様ぁ――!!」


 鬱陶しく喚くアンナを無視し、腰の鞄から私の今あるほぼ全財産の8万オールの入った布袋を取り出し、女言葉の男に放り投げる。

 女言葉の男は、布袋を受け取ると中を覗き見て眉を顰め、


「なーに、8万オールしかないじゃない。こんなんじゃ、身請なんてできやしないわよぉ」


 そう吐き捨てるように、予想通りの言葉を呟いた。


「じゃあ、いくらだ?」

「銀色の毛並みの獣人の子供は珍しいからねぇ、200万オールよ」

「了解した。それは前金だ。あとで必ず払う。だからそれまでそのわらべを丁重に扱え」

「20日以内に払えなければ、この前金貰うわよ。それでもいい?」

「構わんさ」


 どの道、いつまでもこの街に留まれるわけではあるまい。その期間内に払うことができなければ、いずれにせよ私の負けだ。


「商談成立。はーい、行くわよ。その子に、服と料理を与えなさい! 客人として丁重にね!」

「は!」


 黒服たちは先ほどとは一転、まるで貴族の娘でも扱うかのように恭しく、獣人の少女を連れて行く。

 少女は、何度も私達の方を振り返っていたが、テントの中に姿を消した。


「どういうつもりだっ!!?」


 両手で私の胸倉を掴んで叫ぶアンナに、ファフが唸り声を上げ、フェンが毛を逆立てて威嚇する。

 一方、アスタは肩を落とすと小さなため息を吐く。また、面倒ごとを抱え込み過ぎだ、とでも言いたいんだろう。

 それはそうとして、このアスタのいかにも呆れ果てた様子、何か腹立つな。


「理解力が足らんようだな。わからんか? あのわらべを奴らから購入するのだ」

「購入だと!? 人を金で買うというのかっ!?」

「ああ、そうだ。それが一番手っ取り早い」

「誉れ高き王国騎士が、人の売買など許されるものかっ!!」


 アンナは貴族の娘らしいが、他の貴族どもとは異なり獣人を人扱いしているようだ。そのくせ背信者と私を罵る。先ほどの獣人に対する態度と私を罵る態度。こいつの態度は明らかに矛盾している。何れかがアンナの本心なんだろうが、あんな公衆の面前で発言をしている時点で検討するまでもないな。


「許されるさ。というか、アメリア王国政府は奴隷の売買を合法として認めている。購入することに障害はないんだ」

「奴隷の売買など、国王陛下は認めていない! ただ、禁止を徹底できていないだけだ!」

「阿呆、それを世間一般には合法というのだ。そして合法である以上、力づくであの子供を奪えば、我らはお尋ねものとなる。そうなればローゼの立場を著しく危うくするぞ。それでもいいのか?」

「それは――困る……」


 下唇を噛み締め、悔し涙を浮かべながらもアンナは小さく呟く。


「だったら、この王国のルールに沿ってあの子供を保護するしかない。それには、身請が一番手っ取り早い。どうだ、理解したか?」

「……」


 ようやく掴んでいた私の胸倉を離すと小さく顎を引く。


「ならば、早急に金を工面しなければならん。一度宿に戻って検討するとしよう」

「わかった」


 まだ納得は微塵もいっていないのだろう。アンナは口を真一文字に結ぶと速足で歩いていく。


「私達もいくぞ」


 今もファフの頭の上でアンナに唸り声を上げるフェンを抱き上げて一撫ですると、ファフとアスタの二人を促して私達も宿に向けて歩き出す。


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